「続米澤医界のあゆみ」

あとがき(編集後記)

平成十四年度医史編纂委員長を命ぜられ、本気で本を作ることを考えることになった。

編纂委員には前米沢市医師会事務局長袖山泉氏にも参加をお願いして、どうすれば本当に「医師会史」を完成させることができるのかの検討に入った。何を本に載せるのか、どのような形式で原稿を作るか、外部の執筆者に依頼するのか否かも含めて数回議論した記憶がある。結局、米沢市医師会は、地域最高のインテリ集団であるのに外注でお茶を濁す様なことはしたくないとのことで、全て自前で原稿を書くことに決し、必要な項目をそれぞれ適任と思われる会員に執筆を依頼した。原稿の締め切りは、平成十四年十二月二十日とした。幸い締切日にはほぼ全部の原稿を頂戴することができた。

執筆なされた会員に心より感謝申し上げる。そして十二月には実際の本作りのために、川島良博氏にも参加を求めた。その後は、発行目標日を平成十五年末と定め度重なる委員会を招集、現在まで小委員会(高橋秀昭、小林正義、戸田知子、川島良博)も含めて四十二回となった。この間全体会には毎回ほぼ全員が出席され、午後六時三十分から午後十時頃まで長時間お付き合い頂いた。委員会では会員の寄稿された原稿の誤字脱字から構成まで、ほぼ一字一句検討し、大幅な手直しによって元の原稿の半分以下になったものや、草稿がほとんど残っていないものもあるが、お許し願いたい。今年に入ってからは、診療時間内に診察机にまで原稿を持ち込み、校正の傍ら患者さんの診察を行うというどちらが本業か判らない状態になった。この間二回死にかけたし、母を亡くす等、ろくなことは無かったが充実した二年間であった。最後は小委員会と称して五人(川島印刷二人)で校正を行い、四月十ニ日の全体会でほぼ完成した形で印刷物を配布し、本の装丁等も決定し最終チェックを行った。本書では「米沢医界の歩み」の誤謬を訂正するとともに、できるだけ正確に事実を伝えることを目指した。本書が史料として使えるようなものになることを目標としたのである。

本書では年表にも力を入れ年表だけで世相がわかるようにもしたつもりである。

是非ご一読願いたい。ほぼ半世紀に一度の、会を挙げての大事業に参加し、本書がこのような立派なものになったことを誇りに思うとともに、最も若輩の編纂委員長を支え続けて下さった編纂委員の諸先輩に深甚なる感謝を奉げ、あとがきとしたい。

小林正義(医史編纂委員長)

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