3.成島丘陵北西部におけるタヌキ・キツネの生態と教材化の方向

(1)調査目的
 ホンドタヌキ(Nyctereutes procyonoides viverrinus、以下タヌキ)及びホンドキツネ(Vulpes vulpes japonica、以下キツネ)の本調査地における行動パターンと土地利用の傾向を明らかにし、教材として活用するために必要な知見を得ることを目的として、冬季においては主に生活痕跡の分布調査、夏季及び秋季においてはラジオ・テレメトリー法による調査を行い、さらに教材化の方向(活動目標、活動の場、活動案)について検討する。
 また生活痕跡の識別や生息個体の確認、タヌキ、キツネの外形や食性等に関する基礎的な知識を得ることを目的として、裸地での生活痕跡観察や死亡個体の計測・解剖、定置カメラによる観察を行ったので、合わせて述べる。

(2)調査地の概要
 成島丘陵北西部の川西町大舟地内に調査地を設定した(図20)。調査地は周囲を道路、用水路、登山道で区切った。面積はおよそ300haである。調査地は緩い丘陵地であり、標高は周辺部の田で最も低く、最も高い尾根との比高は110mである。
 植生はアカマツ林が主であり、スギ植林やコナラ林、ススキ草地が島状に入り込んでいる。また一斉に伐採した後放置されたような、胸高直径が10cmに満たないコナラを主とする広葉樹の低木林も各所に見られる。図21に植生図を示す。図は調査地を一辺100mのメッシュに分け(図22)、1メッシュ内で優占する植生を色分けして表したものである。
 堤や池が散在し水の豊かな沢も多い。堤には水鳥が多く、調査中にはカエル類やハッチョウトンボはじめ多種のトンボ類が見られた。夏季はシロオビアブやウシアブなどのアブ類が非常に多い。図23に堤、池、水の流れる沢の分布を示す。
 特徴的な要素として、中央部分に約10ha程の方形の平地があり、一面を高さ80cm前後のアカマツの幼樹が覆っている。開発計画が頓挫したまま放置された用地である。この平地の周囲には切り崩された崖と、台地状の赤土の裸地があり、一部は整地されて昨年までグランドゴルフ場として使用されていた。以下この平地を「伐開地」と称することにする。
 調査地中央近く、及び調査地東側に隣接して2つの養豚場がある。また北東の端に山口集落があり、西側道路沿いに数件の住宅がある。東側のはんのき沢集落は数年前から人は住んでおらず、中央部の数件の家や小屋も4年前から使われていない。これら養豚場や最近まで使われていた家への連絡道は使用でき、自家用車で調査地中央部まで入ることができる。

(3)タヌキとキツネについて
 タヌキは中国南部から朝鮮半島、アムール川流域、日本と東アジアに生息する、原始的なイヌ科の哺乳類である。日本では北海道にエゾタヌキ、本州、四国、九州にはホンドタヌキが生息する。ネズミなどの小型動物、昆虫、野生果実類、ミミズなどの土壌動物などを食べる。春に3〜5頭を出産し、秋まで家族群で行動する。
 アカキツネは北アフリカ、ユーラシア大陸、北米にわたる広い分布域をもち、日本にはその亜種であるホンドキツネが本州、四国、九州に生息し、北海道にはキタキツネが生息する。ハタネズミ、ヤチネズミなどの野ネズミ類を中心に、昆虫や鳥類、トウモロコシなどの植物などを食べる。春に3〜5頭を出産し、夏まで家族群で生活する。
 日本人とタヌキ・キツネの関係は古くから緊密である。例えば縄文時代にはタヌキ・キツネの犬歯や下顎骨の一部を垂飾としていた例(金子,1984)がある。また民話や伝承にもたびたび登場する。「日本昔話記録」(柳田国男編)に登場する動物の第1位はキツネで29例、第2位がタヌキで13例だという(中村,1982)。里山と田畑、堤などからなる伝統的な農村環境が、タヌキ・キツネの生息に適したものであったことや、畑を荒らす野ネズミ類を採食するキツネが、農作物のちには稲を守る存在として信仰の対象となっていったこと等が関係しているのであろう。
 

(4)生活痕跡等の予備調査及び死亡個体について
@ 足跡
 伐開地の周囲にある裸地とグランドゴルフ場では容易に足跡が観察できた。足跡はタヌキのものが多く、キツネ、カモシカのものがこれに続き、テンと思われるものが稀に見られる。
 グランドゴルフ場で平成9年7月から12月の積雪前までに見られたタヌキの足跡のトレースを図24に示す。特に目立った傾向はないが、南東部から場内に入り北方向に抜けていくものが多い。グランドゴルフ場の西側は深い沢で水が流れ、北側は崖になっているが沢を一つ隔てて広葉樹林が広がっている。また直線的にここを通過しただけに思われる足跡と、細かにジグザグ歩行する足跡とがある。利用する個体にとって、グランドゴルフ場がどのような意味をもつのか、テレメトリー調査などによって明らかにしたいところである。

A 育仔穴と休息穴
 伐開地南の崖に6個の穴が見られた。いずれも土手状の地形にはさまれた場所の内側の斜面に作られ、崖下からは見えなくなっている。
 3個は地表から80cm以上の奥行きがあり、いずれも平成10年2〜3月の積雪期においてタヌキによる使用が、足跡と糞から確認された。川西町相馬山で平成6年から平成9年までキツネの繁殖が付近住民によって確認されている育仔穴と外形を比較し、育仔穴として使用される可能性があると考えるが、平成10年の観察では育仔は認められなかった。
 他の3個は深さが30〜50cm程度で休息穴と思われる。宮城県七が宿の「キツネ村」で飼育されているキタキツネにおいて、夏季に同様の穴で休息する個体を何例か観察している。なおこの内の1個については3週にわたって穴が掘られていく過程が観察できた。一度に掘るのではなく少しずつ奥行きを増していく様子が見られた。また穴の周囲にはキツネの足跡と尿が認められ、キツネによって掘られたものと思われた。冬季においては、浅いこの穴は使用されなかったものの、キツネ、タヌキの足跡が明らかにこの穴を目指して続き、穴の周囲で方向を変えたり、頻繁に尿でマーキングされるなどが観察された。
 これらの穴の断面予想図を図25に、外形等を図版に示す。
B 定置カメラによる観察
 調査地に生息する種および個体の確認と、教育利用の際に夜間の直接観察の困難さを補う方策を探る目的で、定置カメラによる観察を試みた。カメラは赤外線を動物が遮ると自動的にシャッターがおり、動物の姿を写し取るしくみにした。このしくみはケンコー社製赤外線センサーとカメラ(ニコンFM,FE,F3を使用)、ワインダー,ストロボ、三脚からなり,タッパーウェアを使って防水ケースを自作した。3〜4夜連続して使用するために、電源を耐久性のある単1電池を使ったものに改良した。撮影時刻を知るために時計を写し込み、誘引のために鶏肉、柿などの果実を置いた。設置の様子を図26及び図版に示す。
 定置カメラは伐開地グランドゴルフ場南端に設置し、平成9年10月〜12月までにのべ22夜試みて、3枚の写真に4頭のタヌキが撮影できた。撮影時刻は11月22日が22:07、11月28日が24:00前後、12月1日は23:37といずれも深夜であった。11月28日には2個体が同時に撮影された。この4頭がそれぞれが別個体か同一の個体が含まれているかは不明である。
 いずれも撮影状態は鮮明で頭部がほぼ正面から写っていたが、体色等による個体識別はできなかった。例数が増え体色などの特徴が特定できれば、この場所での個体間関係などについて何らかの示唆を得ることも可能であると思われる。
 なお平成10年5月〜6月にかけても何度か試みたが、ハエなどによる誤作動が多く良い結果は得られなかった。

C 死亡個体の計測と胃内容物
 体サイズや外形の観察、食性などに関する情報を得るために、死亡個体の回収に努め、調査期間中に調査地周辺でキツネ1個体、タヌキ2個体の死体を入手した。測定値などを表1に示す。
 キツネは平成9年12月31日に川西町相馬山の巣穴脇で回収されたが、すでに腐乱が激しく、骨格標本として教育利用することにした。
 タヌキ2個体は、DR1が平成9年11月26日に川西町塩沢で、DR2が平成10年10月22日に南陽市北町で回収された。いずれもオスの交通事故死体であった。
 タヌキについては新鮮な状態で回収できたので解剖し、胃の内容物の観察を行った。DR1では胃内容物全体の重量は355.9g、そのほとんどが人の残滓であった。残滓以外はカエル類2匹、トンボと思われる昆虫の翅24片、昆虫の脚16片、トンボの頭部1個、甲虫の翅1個、その他の昆虫の体26片、哺乳類と思われる毛8本であった(図版参照)。トンボ類の翅はその模様から少なくとも3個体分と考えられる。DR2では胃内容物全体の重量は142.5gであった。径3cm程の大型のブドウ10粒、柿がほとんどを占めていた。動物質ではミミズ1匹、ヘビトンボと思われる昆虫1匹であった。
 死体回収翌日に回収地点周辺を踏査し、聞き取り調査を行ったところ、DR1については回収地点から10m以内に堤があり、多くのカエルが生息していたが、トンボは探せなかった。堤周辺では頻繁にタヌキの姿が見られるとのことであった。また堤から道路を隔てて廃屋がありそこに残飯捨て場があって、ネコに荒らされて困っているとの情報もあった。DR2の回収地点の近くには多くの柿の木とブドウ園があり、ブドウは収穫があらかた終わったもののいくつかの木には「巨峰」が残っていた。タヌキの最近の目撃は得られなかったが、ブドウ園で採食したものと思われた。
 これらの胃内容物の観察結果は、タヌキの食性の幅の広さと、人の生活とタヌキの関係を示唆するものであるが、そのような生活をする個体であるために交通事故にあったとも考えられ、直ちにタヌキ全体に当てはめることはできない。
 本調査地ではカエル類やトンボ類の生息数は多く、甲虫類やミミズも普通に見られる。これらが餌として利用されることが予想される。 

(5)積雪期における生活痕跡の分布
@ 調査方法
 平成9年12月から平成10年3月までの積雪期にタヌキとキツネの生活痕跡の分布調査を行った。調査は1名〜5名の調査員が調査地内を歩き、足跡、糞及びため糞場、排尿跡、休息穴、穴掘り跡などの位置を地図上に記録した。調査はのべ14日行った。ため糞場、休息穴の最も近くの木には赤と黄のビニルテープで印をつけ、使用状況が継続して観察できるようにした。

A 結果と考察
 タヌキの生活痕跡の分布を図27に、キツネの生活痕跡の分布を図28に示す。タヌキの痕跡が圧倒的に多く、キツネのそれは少ない。またタヌキの足跡では方向が変わることが多く、藪などに入って追跡できなくなることも多いのに対して、キツネの方が直線的であり、トレースできる距離が長い。
 以下に例数の多いタヌキについて詳しく述べる。

 ア. ため糞場
 ため糞場は見通しの良い尾根上などに13カ所見つかった。これらは積雪期を通じてため糞が見られたが、5月、8月の調査では北の堤脇にある尾根上の1カ所でため糞が見られた以外、同じ場所は利用されなかった。積雪期とそれ以外の季節ではため糞場として違う場所を利用するようである。

 イ. 穴
 5カ所で使用中の休息穴が見られた。伐開地南の2カ所は夏季に位置が確認されたものの使用が認められなかったものである。1カ所は廃屋の床下であり、聞き取りによれば以前育仔にも使われた場所である。残りの2カ所は新たに見つかったものである。その内1カ所は田と果樹園のために切り崩した崖にあり、伐開地南と非常によく似た地形である。もう1カ所は水の流れる沢の岸にある。
 タヌキはキツネやアナグマの掘った穴を利用したり、民家の床下や側溝、土管などを利用して育仔することが知られているが、育仔期間以外には藪の中などで休息することが多い。しかし積雪の多い本調査地では穴の使用が認められた。

 ウ. 足跡
 タヌキの足跡の分布を見ると、3つの場所に集中している。一つは北側の堤周辺で、伐開地への道路をはさんで多くの足跡が集中している。細かに見ると堤から西側も尾根を越えて下在家の集落へ続く足跡が複数あり、人、民家との関わりが予測される。堤から北東方向へ続く足跡は池を経て広葉樹林に入る。広葉樹林と果樹園の境界近くに使用中の穴がある。
 東側の足跡の集中地は、廃屋の床下の休息場から尾根上のため糞場を経由して、堤に至る経路が複数見られた。特に堤の周囲には長く滞在して活動していたと思われる多数の足跡が見られた。
 伐開地南の穴から沢ぞいに下り、墓地を経て別当の集落に至る足跡も複数見られた。別当集落の田には多数の足跡が見られた。穴と集落を往復しながら冬を過ごす個体の存在が予測される。