5.終わりに

 生徒にとって「動物」といえば、そのまま哺乳類を意味する。地域の動物を教材化する場合には、まず哺乳類を取り上げるべきである。最もヒトに近い生物である哺乳類を教材とすれば、他の生物を用いるより直接的な理解と、心情に強く訴えかける効果が期待される。
 しかし哺乳類を素材とした探究活動を実践するためには、哺乳類のどの種を用いるのか、その種の何を教材とするのか、どう活動化できるのか、どこで実践すればいいのかといったことについて、その地域ごとに検討することが必要である。このことについて本研究でたどった筋道、つまりアンケート等によって哺乳類の生息状況を知り、取り上げる種を選び、調査地を限定して生態調査をすすめ、その結果を生かしながら探求活動を創造していく過程は、どの地域においても実践可能な、教材化の手順である。
 本研究では成島丘陵北西部にフィールドを得、日本人にとって最も身近なタヌキ・キツネが、その土地利用様式という視点によって、実に魅力的な「教材」になることが分かった。それは中学校の生徒にとっても熱中して探求できる対象であった。この教材化の方向性はタヌキ・キツネが生息する他の地域でも利用可能なものであると考える。またタヌキハイク、ロボットカメラをはじめいくつかの活動案を提案した。これらは探求活動の要素として活用できる。
 また、指導と平行して調査を継続し,常に最新の情報をフィールドから得続けなければ実践はむずかしいと思われた。特にタヌキ・キツネそれぞれの、同種間での個体間関係や食性に関する調査は不可欠であると考える。今後も調査を継続し魅力的な活動を提案しながら、生徒とともに探求し続けたい。

謝  辞
 本研究を進める上で多くの方にお世話になった。成島丘陵にお住まいの方々、山林所有者の方々には、丘陵内の踏査をお許し下さるのみならず、アンケート調査、聞き取り調査にご協力頂いた。これら方々のご理解とご協力がなければ、研究は何一つ進まなかった。
 山形大学教育学部の伊藤健雄教授には指導教官として懇切丁寧なご指導を賜った。同、加藤良一助教授、小田隆治助教授には機会あるごとに適切な助言と励ましを頂いた。また伊藤研究室の学生諸君と山形大学体育会合気道部の諸君には、調査員として生活痕跡の調査をお願いした。
 成島丘陵に学区をもつ米沢市立第六中学校と川西町立第一中学校で、それぞれ理科を担当なさっている大木晃教諭と菅井浩之教諭には、タヌキ・キツネの捕獲、ロケーションに多大なご協力を頂いた。
 ワイルドライフワークショップの東英生氏には、捕獲の手順や保定の方法などについて丁寧なご指導を頂いた。
 この研究は山形県教育委員会、川西町教育委員会のご配慮によって、機会を与えられたものである。そして原邦夫校長先生はじめ川西町立第二中学校の職員のみなさん、生徒諸君のご理解によって支えられたものである。
 これらの方々に衷心よりの感謝を表し、お礼申し上げます。ありがとうございました。

6. 摘要
(1)本研究は哺乳類を素材とした探求活動を展開する方策を探り、地域の哺乳類を教材化する手順を明らかにすることを目的とした。

(2)置賜盆地成島丘陵における哺乳類の生息状況調査、中学生の意識や経験の実態調査、適当な種についての生態調査を行い、選択教科の実践を通して、教材化と実践の方向を探った。

(3)成島丘陵には予想した12種の中・大型哺乳類は全て生息し、情報件数は種によって違った。カモシカ、キツネは増加傾向に、ノウサギは減少傾向にあると思われた。タヌキは病気の流行によって激減していると思われた。分布は種ごとに偏りがあった。

(4)中学生にとって動物とは哺乳類を意味し、しかも外国産の種やペットが先に思い浮かぶ。日本に生息する野生動物ではキツネ、タヌキに親しみがあるが、実際に見た経験は多くない。

(5)川西町大舟に調査地を設定し、タヌキとキツネを対象に、冬季に生活痕跡調査、夏季及び秋季にラジオテレメトリー調査によって、生活圏と土地利用についての調査を行った。それに先だっていくつかの予備調査を行った。

(6)冬季の生活痕跡調査では、タヌキの足跡の数が多くキツネのものは少なかった。タヌキは穴を使っていた。タヌキのため糞場は尾根に多く、穴と民家、穴と堤を結ぶような位置に多かった。

(7)夏季及び秋季のラジオテレメトリー調査では、タヌキ、キツネ各1頭が追跡できた。行動圏の広さはタヌキが137.7ha、キツネが289.6haであった。2頭の行動圏は大きく重なっていた。

(8)タヌキの行動圏内の利用頻度の高い場所が、広葉樹林の分布によく重なった。泊まり場と考えられる日没前の位置点も広葉樹林に多い。

(9)タヌキの一夜の行動圏面積は、41.8ha〜50.2ha、直線での移動距離は2.3km〜3.2kmであった。泊まり場から別の泊まり場へ移動するようであった。広葉樹林に長く滞在する傾向があった。

(10)タヌキ・キツネとその生息地の教材としての価値は、彼らの「生活の場」という視点で土地・自然の役割を知り、その価値を捉え直すことによって、より豊かな自然認識をもつことができることである。

(11)具体的な活動として、生活痕跡の観察、ロボットカメラ、雪上アニマルトラッキング、ラジオトラッキング、タヌキハイク・キツネハイク、直接観察が考えられる。

(12)中学校第3学年選択教科理科において探求活動を行った。生徒は生活痕跡の観察、ラジオトラッキング、タヌキハイクに熱心に取り組んだ。生徒の事後感想文から、これらの活動が生徒の自然認識を育成するのに有効であると思われた。

(13)本研究で行った各調査とその順序は、地域の哺乳類の教材化の手順として、他地域でも利用できる。探求活動の目標、具体的な活動はタヌキ・キツネが生息する地域であれば、実践できるものと考える。

7. 引用文献
・山本祐治, 1996, 亜高山帯域におけるホンドギツネの行動圏と環境利用, 自          然環境科学研究 Vol.9
・山本祐治,寺尾晃二,堀口忠恭,森田美由紀,谷地森秀二, 1994, 長野県入笠山に           おけるホンドタヌキの行動圏と分散, 自然環境科学 Vol.7
・Masahiko TAKEUCHI and Masaaki KOGANEZAWA, 1992, Home            Range and Habitat Utilisation of the Red Fox in            the Ashio Mountains, Central Japan, J.Mamm.Soc.            Japan 17(2):95-110
・関谷圭史, 1998, 信州のタヌキ, 郷土出版社
・池田啓, 1984, タヌキのルーズな社会, 季刊アニマ
・米田一彦, 1996, クマを追う, 062
・中村禎里, 1984, 日本人の動物観
・金子浩昌, 1984, 貝塚の獣骨の知識, 127, 東京美術考古学シリーズ10