(7)教材化の方向

@ 教材としての価値と活動の目標
 人間の目からだけ見れば一様な森林にすぎない調査地であるが、タヌキ・キツネにとってはその生活要求に応じて部分的に異なる使い方がされる「生活の場」であることを、生態調査の結果は示唆している。タヌキの行動圏には、仔育てをしたり越冬するための穴がある斜面、ため糞場のある尾根、採食などのため長く留まって活動する広葉樹林、泊まり場としての広葉樹林、冬に採食場として利用する民家や田畑、供え物目当ての墓地、池や堤などがあって、それらを移動しながら利用するという生活を組み立てている。きっと隣には、違った要素からなる行動圏をもったタヌキが、違った生活をしているのであろう。
 タヌキ・キツネとその生息地がもつ教材としての価値は、タヌキ・キツネの「生活の場」であるという視点で土地・自然の役割を知り、その価値を捉え直すことによって、より豊かな自然認識をもつことができることと考える。ある土地に立ちその自然を見渡すとき、人それぞれが様々な見方をする。それまでに培った自然認識を基盤として土地の価値を評価しようとし、その認識を深めたり変容したりする。ある人はその自然を、利用されていない空き地と捉えて、開発を考えるかも知れないし、ある人は雑木ばかりの価値のない林と見て、針葉樹の植林を計画するかも知れない。ある人はタヌキ・キツネをはじめ野生動物の生息地と見て、多様な要素からなる里山のまま残したいと考えるかも知れない。自然を多角的に見る視点の一つとしてタヌキ・キツネの生活を知ることは、より豊かな自然認識を持つことに他ならない。
 以上の考えから、この教材による探求活動は、タヌキ・キツネの生活と「生活の場」についての探求を通して、豊かな自然認識を育成することを目標とするものとする。

A 活動の場としての妥当性と問題点 
 本調査地は周りのほとんどが道路で囲まれ、尾根上から道路が確認できる場合がほとんどで、森林の奥に迷い込む危険性が少ない。起伏は緩やかで歩きやすい。特に落葉後や3月の雪がしまってからは活動が楽である。伐開地は平坦で周りが見渡せるため、活動の拠点として活用できる。グランドゴルフ場はじめ生活痕跡が観察しやすい場所があり、そのすぐ近くまで自家用車で入れるので、深夜の直接観察も計画次第では可能であろう。堤に多種の水鳥が観察できることや、ハッチョウトンボなど特徴的な生物も観察でき、一般的な自然観察の場としても優れた場所であると考える。
 しかし場所と季節によっては藪の状態であったり、下生えのために林内での活動が困難な場合がある。生徒を活動させる際にはその季節での状況を事前に把握して活動場所を設定する必要がある。7月〜9月はじめまでは日中はアブが非常に多く注意が必要である。またヤマウルシが多いのでこれも注意が必要である。1〜2月の積雪期にはかんじきを用いても歩行は極めて困難である。また養豚場までの導入路以外は除雪されないので、3月になって雪がしまるまでは活動は困難である。
 調査地はすべて私有地であり、調査は所有者の方々のご好意によって実施させて頂いたものである。活動の場として活用する場合は、当該地域の所有者の方に事前に許可をいただくとともに、不必要な採集や地形の改変などの行為がないように注意するべきである。また隣接する水田はもちろん、森林も資源として利用されており、所有者の方々の大切な資産であることを認識して指導にあたるべきである。

B 具体的な活動案
 目標である自然認識の育成には2つの側面があると考える。1つは自然認識の感性を育成することであり、もう1つは自然のしくみを理解させることである。感性の育成とは自然に関心を持たせることと、五感を磨き認識の手段を持たせることである。この2つの側面とタヌキ・キツネの生態という素材の特性をふまえて、調査の手法を参考に、目標に迫るための具体的な活動をいくつか考えた。
 
 ア. 生活痕跡の観察
 伐開地周辺の裸地において足跡、穴、糞、排尿跡などの観察を行う。足跡はタヌキ、キツネ、テン、カモシカなどが見られるので、それぞれをスケッチし、はっきりしたものは石膏で型どりをする。タヌキ、キツネについてはできるだけ追跡し、足跡の並び方を観察させ、タヌキがジグザグに歩行するなどの特徴をつかませる。足跡の形や並び方から足跡が見分けられるようになると、別の裸地を見たときに動物の足跡をさがそうとしたり、足跡が見られそうな場所をさがすなど、関心が高まり、詳しく観察するようになると考える。
 タヌキのジグザグ歩行は餌を探しているためではないかと考え、土壌生物を採食することを予想させたりして、生活痕跡が動物の生活を知る手がかりになることを知らせる。目で見るだけでなく、糞や排尿跡については臭いをかぐなどの活動もさせたい。
 この活動からはロボットカメラ、タヌキハイク、雪上アニマルトラッキングなどを行うための、基礎的な情報を得ることができる。

 イ. ロボットカメラ
 定置カメラによる観察で用いた装置を「ロボットカメラ」と称してその設置場所探しから行わせる。設置場所は足跡、穴、糞の位置などを基に、餌場として利用が予想される場所やけもの道と思われる場所など、想像力をたくましくして取り組むよう指示する。いわば、それまでに得た情報を総合して動物の姿を思い描く活動である。これは主として感性の育成をねらう活動であるが、撮影された写真は個体識別の資料として活用できる。撮影は3〜4夜連続で行う必要があるので、期日の設定に工夫が必要である。直接観察の困難さを補い、意欲を高める活動になると期待される。

 ウ. 雪上アニマルトラッキング
 2月末〜3月の雪がしまった時期にかんじきを用いて、タヌキ・キツネはじめ動物の足跡や排尿跡などを観察する。タヌキについては冬季の行動が把握でき、特に民家との関わりやため糞場の分布に気づいていくことが期待される。
 これは冬の自然観察として徐々に一般化しつつある活動である。西洋かんじきをもちいた「スノーシューイング」や「ネイチャースキー」との併用により人気が高まっている。カモシカ、リスなら直接観察も可能である。

 エ. ラジオトラッキング
 ラジオテレメトリー調査の手法によってタヌキ・キツネの位置を測定しながら追跡する。昼間の休息場の測定は定期的に行うことができる。時間をかけてある程度接近し、位置が実感できるようにする。指導者が週に何点か測定し、定期的に地図上にまとめることもできる。タヌキ・キツネの生活と土地の関わりが浮かび上がる重要な活動と考える。できれば一夜通しての追跡を経験させ、タヌキ・キツネの生活を実感させたいところである。
 
 オ. タヌキハイク・キツネハイク
 タヌキ(またはキツネ)になったつもりで林内を歩く活動である。一夜追跡の資料から、泊まり場から別の泊まり場までのコースを決め、途中ため糞場を経由しながら、餌になりそうなものを探し、ときに採集しながら歩くようにする。歩くにしたがって植生が変化したり、地形の特徴に気づいたり、カエルや昆虫などの生物と出会ったりして、タヌキの生活を実感する活動になることが期待される。

 カ. 直接観察
 グランドゴルフ場などに野営して直接観察を試みる活動である。短期間であれば誘引のために鶏肉などの餌を置き、赤の光を当てて待つ方法が効果的と思われる。相馬山のキツネの育仔穴で行うことも可能と思われる。直接観察によって得られる情報は何よりも大切であるが、自分の目で見たという感激やそれによって関心が高まること、動物の姿のイメージが形作られることなどは、さらに重要である。