2.教材として取り上げる種と「活動の場」の検討

(1)置賜盆地成島丘陵における哺乳類の生息状況

@ 置賜盆地成島丘陵の位置及び自然環境について
 置賜盆地は山形県南部の東西14km、南北20kmほどの平野である(図1)。奥羽山脈が東に連なり、南は吾妻山、西には飯豊山地、北は出羽山地に囲まれている。成島丘陵は置賜盆地の西端に位置し、米沢市北西部から川西町東部にまたがっている。米沢市口田沢地内の標高457.6mを最高峰として北に行くほど低く、なだらかになる。
 置賜盆地は夏暑く冬は寒さが厳しい。平成10年の米沢での年平均気温は12.2℃、総降水量は1527mmである。雪は極めて多く最深積雪が1月25日に90cmに達した。第三紀凝灰岩が風化した真っ赤な土に覆われ、その貧弱な土壌の性質からアカマツ林が優占する。小規模なスギ植林やコナラを中心とする広葉樹林が島状に入り込んでいる。
 成島丘陵地内には堤が多く、その保水力によって周辺の農業用水がまかなわれるなど、地域の農業や生活と密接に結びつき、一度は大規模な開発が計画されながら住民の総意によってその環境が保持されてきた。またアカマツとコナラの混生林はキノコの宝庫として秋には多くの人々が林に入る。周囲は国道287号線、121号線などの車道で囲まれ、米沢市街地からも川西町の各地域からも、自家用車で15分程度で丘陵地内に入ることができる距離にある。
 周囲の国道では以前からタヌキ、イタチなどの交通事故死体が多く見られ、哺乳類が多く生息する地域であることが知られているが、その生息状況について調査が行われたことはない。

A 調査目的と調査方法
 成島丘陵に生息する中・大型哺乳類の種やそれぞれの増減、それらが良く見られる場所、農林被害などを通した哺乳類と人の関わりなどに関する、基礎的な資料を得ることを目的として、以下のようにアンケート調査を行った。
 アンケート用紙の内容は、タヌキ、キツネ、アナグマ、ハクビシン、テン、イタチ、リス、ムササビ、ノウサギ、サル、カモシカ、クマの12種について成島丘陵内で見たことがあるかどうか、見た場合にはその場所(地図に記入)、見た時期と状況、直接見たことがなくても、「いる」または「見たことがある」と人から聞いたことがあるかどうか、ある場合にはその場所(地図に記入)、時期と聞いた方の氏名、哺乳類による農作物や樹木への被害の有無と状況である。(アンケート用紙は巻末資料を参照)
 アンケートの対象者は成島丘陵を囲む舗装道の内側に住む方、丘陵に山林を所有する方、丘陵の近くに住む猟友会の方、合わせて270名とした。
 アンケートは平成9年6月16日に合計270通を発送し、平成9年9月30日までに122通の回答があった。回収率は45.2%であった。
 回答は質問1と質問2については種ごとに集計した。集計に際しては同じ回答者による情報でも日時が違うものは別の情報として数え、同時に目撃した場合は頭数が複数でも「1件」と数えた。なお直接的な情報とは回答者自らが個体・痕跡を目撃した場合を言い、間接的な情報とは回答者が他者から情報を得た場合を言う。
 質問3、質問4については、調査地を一辺250mのメッシュに分け西からA〜U、北から1〜29として、一つのメッシュを例えば「G−15」などと表し、種ごとに整理した(巻末資料)。またメッシュを描いた地図に直接見た場所には赤シール、人から聞いた場所には黄のシールを貼り、シールの上に見た年と季節を記入して、種ごとにまとめた(図2〜13)。なお調査地は全域で431メッシュに区分され、およそ2700haであった。
 また得られたいくつかの情報については、回答者に電話や面談による聞き取りをして確認した。さらに回答をもとにできるだけ実際に踏査して、生活痕跡などの確認に努めた。

B 結果と考察
 ア. 生息する種と増減
 生息を予想した12種の全てについて、件数は違うものの生息を示す情報が得られた。生息に関する情報の数は多いものから、タヌキ81(85)件、カモシカ78(86)件、ノウサギ49(62)件、イタチ37(49)件、リス36(41)件、キツネ36(45)件、サル16(27)件、テン10(16)件、ハクビシン7(16)件、クマ7(25)件、ムササビ6(11)件、アナグマ3(8)件であった(括弧内は間接的な情報を加えた数。図14)。しかしこの情報には「足跡のみ」や「糞のみ」など生活痕跡によるものも含まれることや、人が利用しない場所での情報は得られないことなどから、生息数や密度を種で比較する材料としては十分とは言えない。
 例えば回答は、タヌキでは交通事故死体が多いし、ノウサギでは糞のみの情報が多い。逆にキツネ、カモシカについては直接目撃の情報が多いが、カモシカでは1回だけの目撃の割合が高く、昼にも行動することや体が大きく探しやすいこと、印象の強さなどが関わっていると考えられる。
 一方キツネは識別が難しいためか足跡や糞の情報が少なく、交通事故死体も少ない。キツネが増えていると指摘する回答も複数あり、実際には36件という数字は少な目な値かもしれない。
 より詳しい調査を行い、教材として教育利用していく種を設定する資料として、平成8年秋から9年9月までの1年間に限って、生体の直接目撃の情報の数だけを比較した。タヌキ9件、カモシカ23件、ノウサギ11件、イタチ4件、リス7件、キツネ13件、サル5件、テン3件、ハクビシン0件、クマ0件、ムササビ2件、アナグマ0件であった。ただし「毎年見る」「いつも見る」など目撃年が特定できないものは省いてある。
 カモシカでは直接目撃75件の内23件がこの1年間の情報であり、昨年の15件、一昨年の14件に比べて多く見られている。
 タヌキは意外に少ない。タヌキについては20件の回答で個体数の激減が指摘され、8件に体毛が抜け落ち衰弱するなどの病気の様子が記入されていた。病気について一番古い情報は平成7年(季節は記入なし)であり、他は平成8年春から秋にかけて病気個体が見られている。最後の病気個体は平成8年11月に死体で見られたものである。症状から疥癬症の流行が推測されるが、「タヌキと喧嘩して飼イヌにうつった。」とされる例では、そのイヌから疥癬症の原因であるヒゼンダニは見つからなかった。聞き取り調査でも平成9年春以後タヌキを見たという情報はほとんどなく、「たくさんあったため糞やタヌキ道がなくなった。」などの情報が得られた。成島丘陵ではタヌキは平成7〜8年に何らかの病気の流行により、その個体数が極端に減少したと考えられる。
 タヌキについで減少したという情報が多いのはノウサギである。これはタヌキの場合とは違い劇的な減少ではないが、最近では足跡が減り直接目撃することが無くなったとのことである。1年間の情報数は11件と比較的多いが、場所が米沢市館山に偏っている。
 サル、クマについては情報が時期、場所ともにまばらで、成島丘陵に留まって生活しているというよりは、もっと広い範囲を行動圏とし、たまたま丘陵に入り込んだものと思われる。
 これ以外で特に興味のある記載事項をあげると、サルではカボチャ、トウモロコシを持っていくことや、1週間もの間物置にいたことなどがある。クマではスイカ畑・トウモロコシ畑に1週間いたこと、ブドウが全滅したことなど、徹底して採食する様子がうかがえる。キツネでは米沢市館山の果樹園で子が3匹で遊んでいたという記載がある。ノウサギではカキの樹皮を採食すること、タヌキの増加した時期から姿を見なくなったことなどがある。テンではヘビを採食することが目撃されている。イタチでは小川、用水路、ため池、池と水のある場所での目撃が多い。またニワトリを襲われたという。ハクビシンはネコと一緒にいたこと、あけび棚にいたことが興味深い。カモシカでは豆の葉、ナス、ピーマン、ツルムラサキ、さらにイネを採食すること、水田で休息していることなどがある。リスではクルミ、クリの木での目撃が多く、クルミの実を運んでいく行動が目撃されている。
 
 イ. 良く見られる場所
 1年間の生体の直接目撃の数が多かった、カモシカ、キツネ、ノウサギ、タヌキについて、その1年間の目撃場所を図15にまとめた。川西町相馬山・虚空蔵山、川西町大舟、米沢市京塚、米沢市館山の4カ所に目撃場所が集中している。タヌキの目撃場所は京塚に多く、ノウサギでは館山が多い。カモシカはいずれの場所でも目撃されている。
 キツネの目撃場所は特徴的であり川西町相馬山・虚空蔵山と川西町大舟に集中している。聞き取りと踏査によって相馬山でキツネの育仔穴を確認し、足跡によっても生息を確認した。

 ウ. 農林被害
 タヌキにより自家用の野菜畑が荒らされ、トウモロコシ、カボチャ、大豆に被害が出ているが、その規模は小さいようである。他地域で問題にされるようなカモシカ、サルによる深刻な被害については、情報がなかった。

(2)中学生の動物に対する意識
@ 調査目的と調査方法
 中学生の動物に対するイメージやぞれぞれの種への親しみ、目撃経験などを把握することを目的に、質問による調査を実施した。調査は平成10年7月に行った。調査対象とした生徒は、山形県東置賜郡川西町立第二中学校(以下川西二中)の第一学年82名である。川西二中は置賜盆地の田園地帯を主な学区とし、成島丘陵の北部を学区に含む。保護者は会社員が多いが祖父母を中心に農業を営む家庭が多く、その手伝いなどを通して作物や土に親しんでいる生徒は少なくない。また春の山菜とり秋のキノコ狩りと、父母らとともに丘陵を利用する生徒も少なくない。
 質問は27〜28名の学級ごとに口頭で行い、各自に回答用紙に記入させ、質問終了後ただちに回収して、質問ごとに集計した。質問は以下の3問である。
 ア.「動物と聞いてすぐ思い浮かぶ動物の種類を5つ書いて下さい。」
 イ.「33の動物の種類をゆっくり言いますから、その名前を紙に書いて下さ
  い。その動物を見分けられると思ったら名前を丸で囲んで下さい。見分けられ  るというのは、その動物を目の前で見たときに、これは〜だ、と名前を言える  と言うことです。」
 ウ.「今の33種類の動物で、実際に見たことがあるものの名前にチェックマー  クをつけて下さい。動物園などで飼われているいるものは除きます。交通事故  などで死んでいるものでも、見たことにします。」
なおイ.ウ.の33種類(アマガエル、トノサマガエル、ヒキガエル、イモリ、ヤモリ、ニホントカゲ、カナヘビ、アオダイショウ、シマヘビ、ヤマカガシ、マムシ、スズメ、ツバメ、イワツバメ、マヒワ・カワラヒワ、ヤマガラ、シジュウカラ、トビ、チョウゲンボウ、チュウヒ、ムササビ、モモンガ、リス、ノウサギ、テン、イタチ、ハクビシン、タヌキ、アナグマ、キツネ、ニホンカモシカ、ニホンジカ、ツキノワグマ)は川西町で目撃されたことのある動物から、任意に選び出したものである。 

A 結果と考察
 「動物」で思い浮かぶ種では47種の動物名があがり、そのうち回答の多かった上位20種について、図16に示した。白抜き文字はペットや家畜として飼われることが多い種、太字は日本に生息する野生動物、斜体文字は外国に生息する種である。
 「トリ」「ヘビ」を除いて、全て哺乳類の種名が並んだ。生徒にとって「動物」という言葉はそのまま哺乳類を意味すると言えるようである。また鳥類全体を「トリ」と表して、種名を挙げた生徒が少ないのに比べて、哺乳類ではいずれも種名を答えている。哺乳類が他に比べて種の個性が際だつ存在であるとともに、それぞれの種が生徒にとって親しみのあるものである事が窺われる。
 ペットとして最も身近なイヌ、ネコが特に多く、ウサギは野生動物に分類したが、飼いウサギのイメージも含まれることを考えると、それに続くのはライオン、ゾウ、トラであり、日本に生息する野生動物ではサルの7位が最高である。次のクマは14位、以下リス、キツネ、タヌキ、ネズミといずれも順位は低い。20位以下の動物では、ヤギ、ブタ、ヒョウ、シカ、シロクマ、ゴリラ、イノシシなどがあった。生徒の身近に生息する野生動物よりもアフリカ、アジアなどに生息する種が先に思い浮かぶ生徒が多いようである。子供用の絵本や雑誌を見ると、動物としてまず取り上げられるのは、ゾウ、ライオンといった外国産の、動物園で見られる動物たちであり、テレビ番組でもそれらが取り上げられることの方が、日本に生息する動物よりもはるかに多いように思われる。そういったことがこの結果の背景にあると予想される。
 見分けられる動物(図17)ではタヌキの3位、キツネの5位が際だっている。しかし実際に見たことがある動物(図18)では、タヌキ6位、キツネ12位となる。特にキツネでは見分けられると答えた生徒が67名いるが、実際に見たと答えたのはわずかに17名であった。生徒にとってタヌキ、キツネが特に親しみのある哺乳類であることと、それが絵本をはじめ間接的な情報によっていることを窺わせる結果である。ツキノワグマも53名が見分けられると答えて10位だが、見たことがあるのは1名のみで28位であった。
 見分けられる人数を横軸に、見たことがある人数を縦軸にし、それぞれ平均値との差を用いてプロットしたのが図19である。右上の象限には良く見分けられ実際にも見られている親しみある種が、左下の象限には見分けることもできず実際に見たことも少ない親しみの薄い種が入る。前者にはスズメ、ツバメ、アマガエルなどが、後者にはカナヘビ、イワツバメ、哺乳類のハクビシン、アナグマなどが入っている。右下の象限は、生徒にとって見分けられるが実際には見たことがない種のグループである。この象限に位置する10種の内7種が哺乳類である。これらの種は多くの生徒にとって、間接的な情報などから十分に親しみを感じているものの、観察した経験がないものであり、生徒にとって「観察してみたい」という欲求や意欲があるか、引き出しやすい種であると考える。

(3)教材として取り上げる種と「活動の場」
 
 ^で述べた生息する種とその増減、生息地、農林被害(人との関わり)はいずれも「素材」であり、その全てを教材として活用できるわけではない。そこで教材として備えるべき要件として@学習する価値、A学習者にとっての親しみや扱いやすさ、B学習者の興味や新奇性、C素材と活動の管理のしやすさの4点を取り上げ、_の結果をもとにいくつかの点を検討する。
 @についてはそれぞれの種に相当の価値があると思う。種を限定した後に、次章において「活動目標」の項で述べることにする。
 Aは理科の授業において、日常生活の中でよく目にする事物現象を取り上げたり、手頃な大きさでつくりの単純な素材を用いることなどがこれである。Bは生徒の知的な欲求や好奇心をくすぐるような事物現象を取り上げることなどである。この2点から取り上げる「種」について検討する。
 成島丘陵において最近の目撃件数が多い種は、カモシカ、キツネ、ノウサギ、タヌキであった。これらは比較的に観察の機会が得やすいと思われる点で、ハクビシンやアナグマなどに比べ、格段に扱いやすい種であると言える。特にカモシカは昼も活動する上、体も大きく、観察が容易である。一方親しみという点では、見分けられると考える生徒が多かったタヌキ、キツネが際だっている。生徒の興味という点では親しみを感じながら直接観察の経験が少ない、ツキノワグマやキツネが挙げられる。しかしツキノワグマは扱いやすさの点で取り上げにくい。新奇性ではほとんど生徒が知らないアナグマ、ハクビシンが挙げられようが、観察の機会が極めて少ない事が予想され、とても中心的に取り上げる気にはならない。ただしタヌキを取り上げれば、同じ中型哺乳類として文献などによる比較を行うなどの活動は効果的であろう。
 以上の検討から、生徒に親しみがあり、成島丘陵での観察が比較的容易で、生徒の興味を引きやすいと思われる種として、まずキツネが挙げられる。次いでタヌキとカモシカが考えられるが、キツネと同じイヌ科の哺乳類であり、中型哺乳類としてアナグマ、ハクビシンとの関わりにも発展し得るなどの点から、タヌキを取り上げることにしたい。
 次にCの「素材と活動の管理のしやすさ」であるが、これは学習の場に関わることである。理科の授業を例にすれば、校庭の一定の範囲に生徒を集めることや、そこにワークシートを持たせたり、模型などの教具を用意するなどである。
 取り上げる種がキツネとタヌキなので、その生息状況から成島丘陵北西部の川西町相馬山・虚空蔵山、同じく川西町大舟に「活動の場」を設定する。相馬山・虚空蔵山にはキツネの育仔穴があり魅力的だが、田畑や果樹園など人の生活圏との重なりが大きく、活動の場として生徒が頻繁に出入りするには適当でない。そのため育仔行動の観察点と位置づけ、大舟の方を中心に活用する方向で教材化を進める。