タヌキの教材化に挑戦中(「教友」40号,2000,1)

 一年以上空き家だった「穴」の近くで久しぶりに鳴き声が聞こえます。「もしや?」と思った私は、足音をたてないようにしてそっと穴を覗き込みます。すると、穴のエントランスに中の土が掻き出され、そこにイヌ科の特徴である四本指の足跡が沢山ついていました。いつの間にかキツネが巣穴(仔育て穴)に戻ってきていたのです。来春にはつがいが協力して子育てをする光景が観察できるかも知れません。
 大学院での研修をきっかけに、私は十数年ぶりに野生動物の調査を始めました。対象をタヌキ・キツネに絞ったのは、私たち日本人にとって昔から最も親しみのある種で、今でも沢山棲んでいるからです。つまり極めて普通の動物だからです。取り立てて悪さをするわけでもなく、食べて美味しくもない。毛皮の需要が無くなった現在では、顧みられることがほとんど無くなった動物たちです。
 それでも目の前をキツネが横切れば、どんな人でも「おっ!」と身構えてじっと目を凝らし、その姿を追おうとします。数年前に異常なほど数が増えたタヌキにしたって、ヨタヨタと道路の端を歩いていたりすると、ついその姿に見入ってしまう。野生動物というのは、実に不思議な魅力をもっています。
 この「普通にいるのに興味が湧く」というだけでも、教材として十分な価値があると思いますのに、その上、タヌキやキツネの生活ぶりを細かに見ていくことで、さらに大切なことに気付いて、深く考える手掛かりとすることもできます。例えばそれは、今人里近くの山がどういう状態になっているのか、人と森林の関わりがどうなっているのか、といったことです。
 人間の視点から見ると一様に豊かな森林にしか見えない所でも、その中で、タヌキが良く使う場所は決まっているし、ほとんど使わない、むしろ嫌っているように思える場所もあります。タヌキやキツネの視線で見直すことで、初めて見えてくる現実もあると考えています。
 大学院に籍がある間は、動物の調査も仕事の内と胸を張っていたものですが、この頃は「良い趣味ですねえ」といったお褒め(?)の言葉ばかりが聞かれます。勤務校が変わりフィールドまでの往復に一時間もかかるので、帰宅がうんと遅くなって家族には大不評です。さらには、一般の方々と動物観察の会を作っているので、そのボランティア・スタッフとしての仕事で休日も返上。代償も多いですが、それがライフワーク(生涯の仕事)というものだと諦めてもいます。少なくとも「現代社会の教育課題を見据えた先進的活動だ!」と自負しているんですよ。どうか理解して下さい。