緊急プロジェクト クマ!どうする?

〜総合的な学習の記録〜

テーマ設定の背景とねらい


 今年(2000年)の秋、学区内で頻繁にクマが出没した。生徒には十分に注意をして下校するよう指導し、生徒は少なからず緊張しながら家に向かった。今年6月には関根地区で民家にクマが侵入する事故があったことから、生徒のクマへの関心は一気に高まった。
 クマは人の生活との長い軋轢から、目撃されただけで駆除の対象になることすらある。農作物への被害も馬鹿にならないが、人身事故への恐怖から必要以上にそのいのちを奪われることが多い。しかしながら、生物としてのクマの実態が科学的に明らかになってきたのはつい最近のことであり、クマについての正しい知識はまだほとんど普及していないといって良い。クマの害を最小限に留め、そのいのちをできるだけ奪うことなく共に生きていける、豊かで成熟した文化を築くことは、これからの地域の課題である。
 一方人は古くからクマを積極的に利用してきた。それは狩猟、薬、衣料、料理といった形で地域の文化を形作っていた。さらに民話や童話の素材として語られてきた。これらの文化が日々の生活に根をはっていた頃は、確かにクマのいのちは人の生活(いのち)を支えるものの一つであった。人々は他のいのちを奪うことの意味を実感していたと思う。こういった文化を学び継承していくことは意義あることと考える。
 この学習では鳥獣保護員や狩猟者、鳥獣の保護管理に携わる専門職の方や多くのボランティアの方々と多様な手段で関わらせ、クマをキーワードとした様々な課題に取り組ませる。その中で人のいのちが多くの生物のいのちに支えられて維持されていることや、逆に人が他の生物のいのちを左右する存在になっていることに気づかせ、多くのいのちとともに豊かな地域文化を築いていこうとする態度を育てることをねらいとする。この学習を通して自ら探究する能力と態度を伸ばしたい。

 A テーマに関わる生徒の実態
 クマについて知っていることや連想をカードに次々に書かせ、カードを黒板にはりながら内容の似ているものをいくつかの島にしていく方法で、イメージマップを作った。


 生徒たちはクマに対して大きい、強い、牙や爪が鋭い、肉食、凶暴、吠えるなどのイメージを持ち、人を襲う動物であると考えている。米沢に棲むツキノワグマはたしかに日本の陸上動物では最大であるが、特に大きなものを除けば70kg程度が普通であり、頭胴長も120cm〜140cm程である。食べ物は植物が中心であって、例えば捕食目的で人を襲うことはまずない。これらの誤ったイメージをより正確なものに置き換えていくことが必要である。
 大きいというイメージと川で魚を捕っているイメージからは、北海道に棲むヒグマが連想される。ツキノワグマとヒグマは別種であり様々な点で特徴が大きく異なるので、これをはっきりと区別して学習を進めさせる必要がある。
 人とクマの関わりについては、熊鍋をはじめとして料理を思い浮かべる生徒が多かった。熊鍋は今でも食べさせる宿などがあることから、狩猟の現状や肉の入手などにも発展できそうである。農作物への被害についても3名が触れているが関心は薄い。しかし大切な問題であるから、クマの害として、人身事故と共に取り組ませたい課題である。
 冬眠することを指摘した生徒が多い。クマの生態の中で極めて特徴的なことであり、出産や育仔の問題と関連させて探究させたい。
 金太郎を連想した生徒が意外に多いが、まさかりを担いで熊にまたがっている姿以外には誰一人知らなかった。
 イメージマップを見ながら疑問に思うこと、知りたいことを出し合い、カードを使った同様の方法で整理して課題を設定し、9つの班を編成した。

指導について


・生徒の活動計画を尊重しインターネット等も十分に利用させたい。しかしホームページで分かることが意外に少ないことにはすぐに気付くと思われるので、機会を逃さずに電話や手紙、メールなどの手段を紹介したり、インタビューやフィールドワークで自ら一次情報を得るような方向に発展するよう助言したい。
・電話のかけ方をロールプレイしたり、問い合わせの手紙に自分で返事を書いてみる活動を行わせることで、問題の整理や焦点化を十分にさせたい。問題を自分のものとしてよく考えることがなによりも大切であることに気付かせたい。
・生徒が活動の記録を残し、それをもとに活動を連続させ、活動の展開を見通したり、振り返ったりすることを支援する装置として、「記録カード」と「ファイル」を使わせる。また情報を整理するために一定のフォーマットのレポート用紙を用意し、自由に使わせる。フィールドワークなどで校外に出る際には申請書を事前に提出させ、安全性の確保を図る。
・学習を個人や少ない人数で行う場面が多くなると考えられるので、集団の機能で学習を深めたり、修正させたりする場面を意図的に設定したい。特に班の中での徹底的な議論を奨励したり、こまめに全体への経過報告を行わせて、資料を共同で使ったり、合同で問い合わせるような場面を作っていきたい。

学習の様子(2年目の記録も合わせて書いてあります)


○クマのすんでいる所
 始めインターネットを使って、全国のクマの分布を調べようとしていたが、十分な資料が集まらず、範囲を東北、山形、置賜と絞り込みながら、図書資料にあたった。その中で果樹園での目撃や被害が多いことがわかり、地図に果樹園の位置を書き込み、果樹園に電話で聞き取り調査を行った。結果を地図にまとめた。

○クマの家族構成・子育て・自立
 本でクマの子育てについて調べることから始め、著者であるツキノワグマ研究所の米田氏のホームページを探し、さらにメールで質問をした。「着床遅延」がなぜ起きるのかに着目することで、繁殖期や冬眠の準備などの時期が子育ての理解には大切であることがわかり、クマの1年の生活を暦にまとめた。

○クマは何を食べるか
 PC部の生徒が多いこともあってインターネットを巧みに使って奥多摩のクマの食物リストを手に入れ、リストに上がった動植物の画像をネット上で探していった。また日本クマネットワークの藤村氏にメールで質問し、クマの食物がクマの農林被害や人身事故とも関わっていることを知った。画像入りの食物リストを作成した。

○クマの1日の生活・寿命
 クマはいつ眠りいつ食事(?)をするのか。素朴な疑問から出発した。1日の時間を表にしてアンケートにし、さまざまなところに発送したが、思いのほか難航した。東京大学付属演習林と京都大学付属演習林からは、表にまとめる形では答えられないという返事をもらい、たのみのクマ牧場からは何度も電話をしたものの回答して頂けなかった。京都大学からの明け方と夕暮れに活発であるという情報をもとに、本からデータを探し「黎明薄暮型」の行動パターンについてまとめた。

○クマはなぜ人をおそうのか
 はじめ本でクマが人を襲うパターンを調べたり、色やにおいの好き嫌いを調べた。山形県で実際におきたクマ害について知るために図書室で新聞記事目録で調べ、市立図書館で記事を調べた。クマが目撃された記事の数、クマに人が襲われた記事の数を月別に集計し、グラフにまとめた。

*以上の班から各1〜2名が2年目も活動を継続。合同で熊の生態を中心に学習を深め、クマの害を防ぎ、クマを殺さずに一緒に生活できる地域をめざして、パンフレットが作成された。

○クマの捕獲方法とその道具を調べよう!
 まず猟友会事務局に手紙で問い合わせ、クマ猟に詳しい方を紹介して頂くことにした。鳥獣保護員の古畑氏を紹介頂き、手紙も頂いた。

 2年目に熊鍋の班に合流し(発展的解散?)、古畑氏を訪問、巻き狩りの方法や解体の仕方をお聞きした。

○熊の彫り物つくり隊
 北海道の木彫りがとてもに有名な割に、それ以外の彫り物は全く知られていないことに疑問をもった。最初に笹野一刀彫りに問い合わせ、そこで長野県に熊の木彫りがあることを教わった。長野県庁に問い合わせて製造元を教えていただき、製造元に問い合わせた。製造元からは作品を送って頂いた。

 2年目には笹野一刀彫の彫師の方を何度か訪問し、一刀彫の熊を実際に作成した。ポーズの素材を得る為に、秋田阿仁町のクマ牧場を訪ねた者も。

○味どころ熊鍋屋
 クマ料理を出す店、民宿などをインターネットで検索し、メール、手紙などで料理の種類や作り方を問い合わせて、いくつかのレシピをまとめた。一番近くのクマ料理店として飯豊旅館を探し出し、予約を入れて交通手段を調べ、参加者を募ってクマ鍋を食べにいった。肉の入手方法などについてインタビューも行った。

 2年目には鳥獣保護員の古畑氏から熊肉をいただき、熊鍋を調理しふるまった。アンケート調査などもおこない、クマなど野生鳥獣を食することの文化的な意味などについて考え、将来への提言をまとめた。

○金太郎の話について
 金太郎の絵本を図書室と古本屋で探したが1册も見つけることができなかった。店の人も「そういえば最近は見ない」とのことであった。そこで「足柄山」をキーワードに地図帳、時刻表、インターネットで探し、足柄市役所に電話でインタビューした。坂田金時がモデルとわかり、さらにインターネットで検索し、金太郎の正当派の物語りを調べた。まとめとして絵本作りに取り組み、幼稚園での交流を計画している。

指導を振り返って

 生徒のつくった活動計画には「インターネットで調べる」計画が多かった。しかし実際に使ってみるとホームページで分かることは意外なほど少なく、そのことには生徒も数時間で気付いた。すると次は電話や手紙を使ってあちこち聞いてみるという手段にでる。しかし「〜について何でも良いから教えて下さい」では、相手は何を答えて良いかわからず、結局何も教えてもらえないという現実にぶつかる。
 そこで、一体何が知りたいのかと自ら問いなおすことになり、問題を整理し、焦点化し、箇条書きしたり、軽重をつけたりという作業が必要になる。また、全く知らないから、何から聞けば良いか分からないということに気づき、基本的な知識を得るためには、本を読む必要があることに気づくグループもあった。自分の力で情報を得るということは意外にも難しく、結局問題を自分のものとして、よく考えることが必要なのだということに気付いていった。
 クマの家族構成と子育てについて調べた班は、クマが基本的に単独性の動物であることがわかり、家族構成という問題設定そのものが擬人的であったことに気づいた。探究とは常に問題と仮説の設定が適切であったかを問い直す作業である。この班はさらにクマは冬眠中に出産することや、「着床遅延」という実興味深い仕組みを持っていることなどを知り、様々な情報を合わせてクマの1年暦をまとめた。この暦はクマ害の発生頻度を月別にまとめていた他班の資料と合わせ見ることで、クマが繁殖期に行動圏を広げ目撃されやすいことや、食いだめの時期に農作物への被害や人身事故が多いことなどが理解できた。
 クマの1日の生活を調べた班は黎明薄暮型といわれる活動パターンを報告した。「クマは何を食べるか」を調べた班は意外にもクマが植物を中心に食べ、人間が「山菜」とよんでいる植物や栗が大好物であることに気づいた。早朝の山菜取はクマに会いに行くようなものである。
 半年かけて生徒たちは相当クマに詳しくなった。その多くの知識は、このあと「クマ害の防除」というキーワードで総合されると予想している。実学としての「総合的な学習」が生徒に実感される時と思う。そしてさらにクマとうまく付き合っていくためには、クマ鍋の作り方も大事だし、クマと相撲をとる御伽噺を思い出すことも大切だと感じるのである。