里山動物の調査


 私が野生動物と関わるようになったきっかけはもう20年も前,私が高校生のときに1頭のニホンザルと出会ったことでした。

 学部時代は金華山でニホンジカをやりました。中学校の教師となってじっくり動物と向き合う時間がとれなくなりましたが,たまに自然学習として生徒を連れ出したときに,ノウサギやニホンカモシカを見つけたときの生徒の目の輝きは印象的です。

 30代半ばを過ぎて大学院で研究する機会を頂き,迷わず里山で生徒に動物観察をさせるための基礎調査を始めました。

 明治維新に活躍した通訳の人を「通詞」といい,言葉を訳すだけでなく,実質的な外交プロデューサーだったといいます。対象への深い理解に立ち,明確な目的をもちながら,人と対象とが対面する「現場(フィールド)」で,主観を排して仲立ちする,動物と皆さんの通詞を目指したいと思っています。


<卒業させた教え子への手紙から>

......(略)毎日のようにフィールド(野外の調査地)に出て,キツネやタヌキの生活を知ろうと歩きまわっています。文化という概念をどう捉えるかには難しい問題がありますが,比喩としていえば里にすむ動物を知ることは「文化交流」だと考えています。外国人と話をしたり海外旅行することをいう文化交流(同じヒトだが住む環境が違う為の文化の差)とは軸の異なる(同じ環境に住むが種が違う為の生活の差)文化交流です。私たちヒトも里に住む哺乳動物として適応してきたわけで,例えばキツネが同じ日本の北国の「ここ」に生まれながら生活の仕方が違うわけを知ることは,ヒトの生活の仕方を考える上でも大切だろうと思うのです。試験管やフラスコを自在に使って学ぶ理科とは,ちょっと違った理科の題材や方法のヒントがフィールドには在る。そんな事を考える毎日です。.........


 キツネとタヌキを研究対象にしたいと考えたのは,生徒たちの最も身近に暮らす野生動物だからです。しかしこれまでの研究の報告を読むと,島などで高い生息密度になった個体群や,観光客でも容易に観察できるほど人慣れした個体群を対象にしたものばかりが目につきました。思えば金華山島のシカも10年ほど前の西蔵王のカモシカも状況は似ています。しかもキツネとタヌキは夜行性で用心深い。ただ林を眺めていたのでは,いるのかいないのかさえ分からないのです。でもそれが普通の野生動物のくらしぶりだと思いますし,それを扱えないのでは教育・学習の領域に野生動物の暮らしを引き込むことはできないのです。どんな方法を使うと暮らしぶりが見えてくるのでしょうか。

 林や草原を眺めているだけでは見えてこない野生動物の暮らしぶりが,少しずつ分かってくるときのワクワクした感じや風景の中にキツネやタヌキやカモシカなどの姿がイメージできるときの,妙な野生動物との一体感を,生徒たちや多くの方々に味わってほしい。そういう体験を積むことが日本的動物観の回復につながると考えます。そんな体験をうみだす活動とは?



(1)どんな動物がいるか知る

 <アンケート調査>

 私は3年前,同僚から米沢市京塚でキツネを見たという情報を得ました。2年前には同じ京塚の交差点で自動車に轢かれ無残な姿になった子ギツネを見ました。京塚という地区は10年程前に私がキツネを自動車で追いかけたことのある所で,これはキツネを見やすい所に違いないと思いました。

 それで京塚地区を含む成島丘陵地に絞って,アンケート調査を行う事にしました。成島丘陵は北東1/4が現在の勤務校の学区で,生徒を連れて行きやすいことも好都合でした。丘陵の周囲はすべて舗装道路に囲まれていて,その道路の内側に住む方々(成島丘陵を「裏山」と思っている人達)を中心に,丘陵地に山林を所有する方々(役場林政課でピックアップに丸1日),それに丘陵の近くにお住まいの猟友会の方々などに,合計270通のアンケートを発送しました。返送されてきた120通ほどの回答には,タヌキが平成8年夏から疥癬によってバタバタ死に,今年はほとんど姿を見ないこと,キツネは少しずつ増えているように感じること,カモシカが増えていること,ウサギの足跡が少なくなっていることなどが書かれていました。京塚地区のキツネの情報は意外に少なく,最近の目撃情報は川西町相馬山・虚空蔵山地区,大舟地区,米沢市口田沢に集中していました。

 アンケート調査は調査地区の凡その様子をつかむことや,調査の「とっかかり」をつかむ為には不可欠と考えて実施しました。はたして期待通りの情報が集まったわけですが,送り返された地図を見ると目撃地点のプロットはいかにも不正確です。人が沢山生活している場所は当然目撃数も多く,逆に森の奥では実際に動物がいたとしても数に上がりません。目撃の時期もそうで,きのこの時期にはよく目撃されるようでした。またアナグマやハクビシンの目撃がタヌキとして報告されている可能性も高そうに思います。つまり,アンケートの結果をそのまま動物の生息状況と考えるには多くの問題があり,聞き取りや踏査によって情報の質を上げていくことが必要になります。

(2)動物の見られる場所をさがす

 <聞き取り調査>

 相馬山・虚空蔵山周辺と大舟地区を中心に,アンケートに目撃情報を寄せて下さった方や,アンケート対象にならなかった方を訪問し,詳しいお話をお聞きしました。聞き取り対象者リストや情報を整理するためのカードも用意しましたが,十分には活用できませんでした。

 聞き取り調査によって,虚空蔵山でいつもキツネが通る休耕田や足跡が残る裸地,少なくとも3年程前から今春まで子育てが見られた相馬山の巣穴群などを知ることができました。大舟地区では20年程前に企業が整地した平坦な土地でよくキツネが目撃されることと,その土地の一部を利用したグランドゴルフ場で,雨のあとに獣の足跡が残っていることを知りました。