ニホンジカをマーキングする!

動物研セミナーでの発表から(2)


 「首環自動装着法」は装置の補修点検の手間の割に効果が少ない等から,あまり用いられなくなった方法ですが,対象地域や個体群の密度,1頭の行動域面積などによっては,まだまだ使えそうに思うのですが・・・。図をカットしてありますので,ご希望があればメールでこ連絡を!

 金華山島に生息するニホンジカは生息域,群れサイズ,人間に対する依存度などから,神社シカ,鹿山シカ,山シカの3群に分けられる。人馴れしたグループについては個体識別と目視,追跡による調査が可能である(神社シカは全て個体識別されている,鹿山シカについては斎藤の論文を参照)が,人間に対する警戒心が強く,生息密度の低い山シカグループでは,個体識別が極めて難しく,群れ単位の皮層的観察から踏み込めないでいる。また多数の個体を捕獲してマーキングすることも現実的でない。

 そこで個体識別を補助するためのマーキングとして,くくりわなの仕組を応用して首環を自動的にシカの首に装着することを試みた。これが成功すれば従来極めて困難とされた,山シカのホームレンジの決定が期待できる。

(1)首環自動装着装置

 Romanovがライチョウのマーキングの為に考案した装置を参考に,伊藤(1981)がニホンジカ用に装置を改良した。基本的な構造はこれを踏襲しながら,安価な材料で多数の設置を可能にすることや,破損や不完全装着の数を減らし装着数を増やすことを目指して,年々改良を重ねた。装着数を増やすためには,装着しやすく脱落しにくい首環をつくり,シカが回避したりくぐりぬけたりしない大きさに装置を設置することが必要である。

 そこで,首環の脱落を最少にするために金華山島で採集されたメスの頭骨を測定し,スナップがかかった状態でぬけ落ちない限界の長さを推定した。首環が装着されるシカの性や齢は予測できないが,オス成獣は角によって脱落はないものとし,幼獣での脱落はやむをえないものとして,メス成獣,メス亜成獣について測定したものである。これによると測定部位の平均は42.29cmで,肉厚を考慮して43cmを首環の長さとした。

 装置の大きさはシカの移動時の姿勢を検討して,前足の付け根の高さと肩高を参考に決定した。シカの体各部の測定は金華山では当時行われておらず,岩手県五葉山で有害駆除された32個体の測定値(前肢長の平均57.4cm,肩高の平均84.8cm)を参考にした。装置のワイヤーによる輪の上縁部が地上110〜120cm,下縁部が地上55〜60cmである。アンカーワイヤーの全長はシカの最初の跳躍の長さ2mを超えないようにした。

 装着の過程は以下のようである。シカがアンカーワイヤーの輪の中に首を入れると,シカの前進にしたがって輪がしまり,ワイヤーに接続された首環が首にまきつきスナップがかかる。さらにシカが前進しようとするとその力で切断部が切れ,シカは首環を装着して逃走する。

(2)設置とメンテナンス,装着状況

 装置は島北部のシカの集中部である「仁王崎草地」に(ただし林縁部を中心に)100個,「ブナ平」に50個,鹿山シカと山シカの生息地の境界である「鹿山草地林縁部」に70個を設置した。メンテナンスは毎月行った。その結果,「仁王崎草地」では20個が紛失し不完全装着が25例。「ブナ平」では4個が紛失し不完全装着が12例。「鹿山草地林縁部」では5個が紛失し,不完全装着が22例あった。紛失した首環が全てシカに装着していれば29頭のシカがマーキングされたことになる。 

 

(3)装着個体の目撃と追跡

「鹿山草地林縁部」では,目撃が7回,脱落首環(スナップがかかり,体毛などが付着)が2個回収された。番号4〜7は明らかに同一個体(ハナコ)である。観察点の最外点を結んだ多角形の面積は19.5haであるが,観察時間が370分と短く面積はさらに増加しそうであった。この個体はこの後分散して子を生み,死亡まで観察されたが,残念ながら資料としては残っていない。

 目撃された個体を全て同じグループに属するものと考えて一つのホームレンジで表わし,丸山らがテレメトリー法で求めた鹿山シカのホームレンジと重ねて見ると,そのいずれとも異なり,森林部にホームレンジを持つグループがあることが予想された。

 「仁王崎草地」では目撃が2回,脱落首環が2個回収された。1980〜1982年までに伊藤,鈴木,佐藤による首環を装着したシカの目撃が10回あるので,これによって求められたこの地域のグループのホームレンジと比較すると,これらと違いいずれも森林部で目撃されていることがわかる。装置の設置地域が林縁部であることから,森林部にホームレンジをもつグループに多く首環が装着していることが予想された。

 そこで10〜11月に3回草地部の踏査を行い,延べ35頭のシカを観察したが,いずれも首環は装着していなかった。また11月には脱落首環の発見を試みたが,伊藤が設置したロープ式首環を2個回収したのみであった。このとき調査員1人あたりの調査面積は1.6haと十分狭くこの結果は信頼できる。以上から紛失した首環はシカに装着しているにせよ脱落しているにせよ,草地部以外の地域にあると思われた。

 「ブナ平」での目撃はわずかに1回であった。伊藤も1例しか報告しておらず,今回の仁王崎での結果とも併せ,森林部での目撃の困難さを示す結果となった。

 伊藤充弘さん,鈴木克知さん,佐藤淳一さん,そして鹿俣が行ってきた「首環自動装着法」の研究だが,一番知りたい山シカの生息する森林部では,装着率が悪く装着シカの観察も意外に難しいことなどから,結局良い資料が得られないまま終わった。しかし他大学の研究者の方からも情報を寄せて頂けたり,ハナコについては卒業したあと期間をおいてからも容易に観察出来たことなど有益な点も有り,もう少しこだわってみたいテーマではあった。そういえば毎日新聞に,カモシカに首環の自動装着を試みたが一つも付かず,そのかわりメンテナンス中に個体識別できてしまった,などという笑い話が掲載されたこともあるが・・・