《オールナイトニッポン・最終回》
 ‐前編‐

ールナイトニッポンより ラジオ録音
 〜 1979年3月27日 〜


ついにやってまいりました。午前1時でございます。ねえ、しかしほんとにみんな長い間どうもありがとう。
約、2部から始めて一年と半年あまりやってきたわけでありますがね、しかしあのいろんな今までね思いで
あったけど、今日ねニッポン放送来る時にね、ニッポン放送の前にね、ほんとにたくさんのみんながね
待っててくれて、そいで俺が入って来るとねみんな拍手で迎えてくれたりなんかしてね、ほんとに最後に
そんなね大きないい思いで作ってくれてほんとにありがとう。そして、着いた途端ハガキの山、ねえ
もう嬉しくなっちゃってねほんと大変でした。長い間どうもありがとう、そいじゃ最後の放送ねえ
頑張ってひとつ盛り上がってみたいと思うわけでありますが1979年3月は27日火曜日
松山千春のオールナイトニッポン

意外に最後となると緊張したりなんかしてな。なんかいつもの自分と違うんじゃないかねえ、
今日は賢いんじゃないかとかいろいろ考えたりするわけでありますがね、しかしだんだんね
春めいてきちゃったりなんかしてね、ところがな北海道お前らひっどいぞ、お前。足寄の方なんか
猛吹雪でやがんの。信じられないさ、札幌の方から行くとね、足寄行く為には狩勝峠っていうとこ
通らなきゃなんないんだけどね、この3月の暮れも忙しいのに不通になるなっつうの、国道が。ねえ、
たまんなかったりなんかするわけでありますがね。

みんなん所は今日どんな天気かね。東京は意外にね晴れと言っていいんですかね、これはね。
意外に曇り?意外に信念の弱い所を暴露しちゃったりなんかするわけでありますがね。さてVIVAヤング
オールナイトニッポンこの番組はモリダイラ楽器・東芝EMI・北日本食品・日本コロンビア・
日清製粉・フォーライフレコード・BVDフジボー・キングレコード・スズキ自動車・クラウンレコード・
キャニオンレコード・日本ヘラルド映画・ビクターレコード、その他の協賛で東京は有楽町ニッポン放送
をキーステーションに北は北海道STVラジオ北海道のみんな聞いてるかな、ね南は沖縄、沖縄張りきって
明日から行くわけだけどね、元気かな。ねラジオ沖縄まで感謝しても感謝しきれない全国
22の放送局を結んでお届け致します。松山千春のオールナイトニッポン、よろしくという
カンジなんだけどねさて今夜は一発ハガキから読んでいこうかなと思うんだけどね

〜山形県からのハガキ〜千春さん、私は中3になるある田舎に住んでいる
女の子です。来年は受験に追われてこうしてハガキを書く事もないだろうと思って、今自分のやりたい事
をしないと一生後悔する気がするんでお便りする事にしました。しかも千春がオールナイトを辞める
ギリギリになって・・寂しい寂しいよ、ほんとに。出会いがあって別れがあるのは当たり前だけど
やっぱり火曜の午前1時「よろしく哀愁」の声が聞けなくなるなんて私はまだ信じられないんだもん。
私は正直言って千春に恋してます。尊敬してます。千春が大好きです。私にはかけがえのない人物です。
今度中3になる女の子がこんなこと言うなんてませてるかなあ。でも私は私の気持ちを素直に千春に
言いたかっただけ。あくまでも中3らしく。千春、身体に気をつけてね。千春は骨と皮しかないんだから、
野菜をた〜んととらなきゃらちかんぞなんてね。こんなハガキほんとにどうもありがとうね。
そいうえば、よろしく哀愁よろしく哀愁ってねもう一年半過ぎちゃったんだね。
ま、今日が最後になっちゃうけどね、そいじゃあほんとにほんとに今日もよろしく哀愁!

♪My Way♪

曲はねアンディ.ウイリアムスでMy Way1発目 聴いてもらったわけですけどね、やっぱり何事もね
あのMyペースというか自分のやり方、俺はこうやるんだと思ってやるっていうのはとっても難しい
ことじゃないかなと思うんだけどね、難しいからこそやりがいのあることじゃないかなと思うわけで
ありますがね、一曲目My Wayお届致しました。さて、あのほんとに全国22の放送局みんなね
どこの放送局で聞いてるかわかんないけどね、ほんとに22局ね放送局のみなさん、ねえほんとに
いろんなキャッチフレーズね、適当に作りましてほんとに今まで変な事いろいろあったりなんか
するわけでありますがね、ほんとにいろいろとどうもありがとうございました。松山千春、この
声をみんなの所まで届けていただきましてほんとにどうもありがとうございました。
今日は最後のオールナイトニッポン、最後まで頑張ります。           

〜東京・練馬区からのハガキ〜千春こんにちは。先週の放送で悲しいお知らせ
聞きました。千春がオールナイト辞めちゃうって。TVに出ない千春だから私達ファンにとって千春と
通じ合ったり、千春のおしゃべりを聞いたり出来るのはラジオとコンサートぐらいでしかないんです。
そしてコンサートは年に一度しかまわってこないし、やはりラジオが。一時はニッポン放送に頼んで千春に
ずっと続けてもらうようにしてもらおうかとも思いました。でも、そんなことしても千春のためには
ならないんですね。千春が自分の意志で決めた事、私達ファンが邪魔する権利などないんですね。
だから今は千春が思いっきりコンサート活動に励んでより良い曲を作り、そしてまたいつかラジオ
に戻ってくるような事を祈ります。

しかしそうだね、なかなかTVに出ない。ねえこれは難しい問題がまだまだ山積みされてるんじゃ
ないかなと思うわけでありますがね。ま、コンサートもね一度しかまわって来ないというわけであります
けどねえ、ほんとに俺も精一杯あちこち廻ろう廻ろうと思ってもね、なかなか廻り切れなかったりするん
ですがね、ま今回オールナイトニッポンね、もうほんとにおろさしていただくのはまずは健康の事
というかね、いろいろ日程こういうふうに札幌から出てくる訳でありますがね2日間もう完璧ね、
まあ拘束されるというかね、この為に2日間はもうオールナイトニッポンの事考えてなきゃ
ならない訳ね。まずこの月曜日っていうのは勿論オールナイトニッポンの事だけ、そして火曜日に
なるとほらやっぱりね、朝の3時迄やってるとなかなか次の日っていうのはエンジンがかかりが
鈍かったりなんかしてね、夜中の1時ぐらいからさあ頑張るかぐらいね、そういう感じになっちゃう
んでなかなか月曜日・火曜日っていうのはどうもね行動しずらくなっていくわけでありますがね。
                           
その分なんかねコンサートへ行きたいな、そんな感じもして、まTVであんなこと言った事もあるし、
ねえとにかく俺はコンサートいやほんとにな、あのこの間まあコンサート1月12、13の
札幌厚生年金ね、それ終えてからずっとコンサートなかったわけね。そしてこの間秋田・青森・山形
・長野ねえこういうふうにコンサートやってきたわけだけどね、やっぱりいいわ。ねえ。コンサート
はやっぱり最高じゃないだろうか、ねえ。やっぱり唄っててもねえなんかこう自分がねえこう、この
野郎聴けみたいなね感じでどんどん唄ってね、でみんなも負けたみたいな感じで
どんどん聴いてくれる。やっぱりああいうカンジはね、俺はもう最高だね。

久しぶりにやってみて確かに疲れた、ね久しぶりに何曲かもう何十曲か唄っちゃったからね非常に
疲れたけどね、けどやっぱりすごい心地よい疲れなんだよね。やっぱりコンサートっていうのは
最高だね。だから1箇所でも多く廻りたいの。しかもね、俺足寄町生まれだから、足寄みたいな
小さな町でもね、どんどん廻って行きたいななんてねつくづく思うわけ、その為にもね是非月曜・
火曜っていう時間をね、なんとか割いてコンサートの方にまわしたいななんて強く思ったりなんかしてね
、今回今日をもって最後という感じになったわけでありますけどね。ほんとに、いやあほんとにみんなと
ねなんか全国のみんなとこうやって話し出来るって言う時がね時間がだんだん少なくなっちゃったなぁ
なんてねオールナイト無くなっちゃったら全国放送もうないもんね。あとFM東京ぐらいでしょ。
意外に淋しくなってるわけでありますけどね。

まそのうちね又余裕が出てきたら是非こっちの方にも出てきて、ニッポン放送で又頑張ってやって
みたいですね。辞めたすぐその後4月からね裏の方でSayなんだかとかね張りきってたら
怒られるだろうね(笑)淋しくなったりしてね。ま、とにかくコンサートであちこち廻りますんでね、
みんなほんとに暇があったら是非聴きに来て下さい。そん時ゆっくりねまたねなんかね通じ合ったり、
話し合ったりする事出来るんじゃないかなと思うわけでありますがね。とにかく今、俺に少しだけの
休養をください。そしたら俺もっともっと張りきっていい歌も作ると思うし、そしてもっともっと
いろんなとこへ廻ろうと思います。

〜埼玉からのハガキ〜千春のオールナイトニッポンも今日で終りですね。
大変残念です。でも僕達と千春のうれあいは終ったわけではありません。これはひとつのステップです。
これはみんなの旅立ちです。こんなカンジのお葉書くれたんだけどね。ひとつの
ステップです。とってもいい言葉ですね。ほんとに俺もこれをワンステップとしてもっともっと大きな、
あ〜松山千春おっきいぐらいね、言われるぐらいね頑張って唄っていきたいと思います。それじゃあ君の 
リクエストそして又みんなこのリクエスト一番多かったですね。「旅立ち」

♪旅立ち♪

千春さん長い間ご苦労様、そしてありがとう。飾りっ気なく何も隠さず冗談をたくさん交えて
喋る千春さんに、とても親しみが持てました。又いろんな事を教えてもらいました。だから千春
さんがこの番組を辞めてしまう事、とっても淋しいんです。千春さんが今よりちょっぴり遠くに行って
しまうようで。でも、私には淋しい事でも千春さんにとっては新しい旅立ち、自分をもっと大きな深い
人間にするために一生懸命に頑張ってくださいね。私だけでなくみんな応援してますよ。
そしていつか機会があったならメッセージしてください。コンサートでメッセージを
聴けない人の為にもお願いします。               

ほんとにそうだね、コンサートやるっていってもいろいろ限りがあるからね、なかなかみんな見に
来れない、まあ聴きに来れない人達もたくさん居るかもしれないけどそんな人の分までね俺、力一杯
唄うんでねみんなもその分聴きとっていってもらいたいななんて思ったりなんかしますけどね、
ほんとにたくさんのリクエストどうもありがとう。

さて来週からのこの番組、みんなとっても気になるんじゃないかななんて思うわけであります
がね、又いろんなラジオの方でもね、ニッポン放送の方でね、もう発表してるんじゃないかなと
思うわけですがね。中島みゆき選手あの方が決定されたわけでありますがね、やっぱりねこう
なんていうかこう月曜日、オールナイトの月曜日はやっぱり北海道の匂い、ねえイモの匂いビートの
匂いそんなものをなんかね堪えず匂いを匂わせておかなきゃ、やっぱヤバイんじゃないかと言う事で
、みゆきが来週から張りきってやるという、なんか冗談っぽいべ、ひどいなんか冗談っぽいべ。ね、
みゆきが張りきってやるみたいでありますがね、今まであいつ大阪でDJやってましてね、なんか
すごい事言ってたみたいなんで是非その恥をニッポン放送で上塗りしてみよう。拍車をかけて
みよう。そう言う事で来週から張りきって出てくるというわけでありますがね。

しかしみゆき大丈夫ですかね。ちゃんとね2時間頑張ってやるでしょうかね。ま、男の俺だったら、
た易い事なんだけどね。あいつほらいっちょ前に女だから、戸籍上女みたいですよ。ねいっちょ前に
お嫁さんに行きたいみたいな、そんなカンジもありますから、やっぱり女みたいですよ。あんまり
あいつがお婿に入るとか、そういう話聞いた事がありませんから女みたいです。あいつがどんな
喋りをするか非常に楽しみじゃないかなと思うんですがね。ま、大阪のみんなはねわかってるん
じゃないかと思うけどね、あの〜他の人、他の地区の人又北海道の人間なんてねやっぱりみゆきの
喋りってあんまり知らないからね、あいつまあデビューした頃っていうかね「アザミ嬢のララバイ」
なんてね唄ってた頃はねNHK・FMね「夕べのひととき」なんて番組でね出てたわけよ、
よく。あの帯広、ローカル局。ね帯広局かなんかに出てるわけよ。

「こんばんは、中島みゆきです」な〜にがこの野郎そんなふうに思って俺聞いてたわけ。このブスこの
やろ出やがってぐらい思ってね、そんなふうにして聞いてたわけ。それがあのド〜ンと「時代」、
め〜ぐるめぐるよでさドンド〜ンといったでしょ。したらこうもう札幌出てったでしょ。そうすると、
おー中島みゆきも大きくなったなあねえ。やっぱり大っきいですよ俺から見たら。帯広だって大っきい
町だと思うのにね、札幌出てったんだからわ〜おっきな人間だなんか思いながらね、非常に聞いて
たわけですがね。だからみゆきは北海道ではね、ああいう喋りしかしてなかったの。「こんばんは、
中島みゆきです」あの気だるいようなさ、顔が気だるいじゃない、だから声にまで出るんだね、
あの気だるさっていうのがね、たまんなかったりなんかしてね。だからみんな寝るなよ。ね、そんな
かんじでねやってたわけ。ね、ところが大阪でいや大阪のみんな悪かったね。テープ俺に送ってくれ
たの。ね、みゆきこんなこと喋ってるんですよって。ひどいねえ、あいつの喋りったら俺より上回ってる
もんね。俺なんかあいつからほんとみたら綺麗なもんですよ。おとなしい方ですよ。

自分の言いたい事も言えないようなそういうタイプの男ですよ、あいつに比べたら。信じられないような
喋りしてるんでね、ほんとに来週からとっても楽しみにしてていいんじゃないかな、そんなふうにつくづく
思うわけでありますがね、ただみゆきと俺の共通点、ま確かに北海道出身ね、そんな事もありますけど
こういうとこも似てるんじゃないですか、ね、顔のイメージと唄が全然違う。ねこんな所も似てるん
じゃないでしょうか。新しいアルバムから、中島みゆき「片想い」

♪片想い♪

さてたくさんのハガキに混じりまして、市川さん10年間ご苦労様でした。フォークビレッジそして
このオールナイトニッポンねえいろいろな番組手掛けてきましてね、ついに今日を持ちまして、
まあ今日を持ちましてって言っても今日が生の最後と言うわけでありますがね、10年間一生懸命
ラジオの番組に力を注いできましたけれど、ここで市川さんもニッポン放送ともお別れという
、そういう感じになってきたわけでありますがね。不思議な縁ですね市川さんデビューした時からね、
こうねえなんか知らないけど通じ合うようになって、肉体関係まで無かったですけどね、色々いろんな時ね
話し合ったりなんかして、そして辞める時かなんか一緒みたいでね、非常にあれなんですけど。
市川さん今日どんな日だか知ってますか?ねえ、3月27日ちゃんと自分で覚えてますか?
俺さっき奥さんに電話しましたよ。ねえ、したらね今日はこんな日なんです。

-♪Happy Birthday♪のイントロ-みんな、今日は市川さんの33回目の
誕生日だそうです。ね、そして生番組の最後というわけですよね。

♪Happy Birthday♪

市川さんどうもおめでとうございます。お前俺に向けんなっての、バカ野郎。何やってん
だよ、結城さんダメじゃない、ちゃんとパ〜ンとやらなきゃ。向けんな俺にアホ。ね、今必死に
シャンペンを抜いてる訳でありますがね、なかなか大の男が真剣にシャンペンをあっ、抜けました。
ねえ抜いてるっていうのもなかなか信じられなかったりなんかするわけでありますがね、只今
ニッポン放送ね、ここは第なんスタジオ?第5スタジオからシャンペン抜き競争の実況中継を
お送りしてるわけでありますがねしかしどうも市川さんおめでとうございます。
え〜シャンペンでも飲みながら張りきって頑張ってください。ね、市川さんどうぞこっちの方に座って
くださいよ。ね、澤ちゃんはいいの、澤ちゃんは原田真二のスイートbaby、いいのいいの。

千春「10年間どうもご苦労様でした、ほんとに今までいろいろご迷惑かけまして。ファーク音楽祭
から色々あ、俺にもちょっとちょうだい。ね、市川さんと一緒に乾杯。何、俺ビンでやれってか?
アホな事言うな。市川さんそれじゃどうもおめでとうございます、誕生日。多分ラジオの前のみんなもね
祝ってくれてると思うわけでありますがね」                
市川「何で突如内輪の話に?」  千春「いやいや、とんでもないっすよ。10年間
どうもご苦労様でした。じゃあシャンペンで乾杯かなんかを」
市川「千春と一緒にシャンペンで」  千春「それでは一口飲まさしていただきます」
市川「わたくしも」  千春「あ、いい味してますね。あ〜酔っ払った。しかもねえ」  
市川「ビックリしました、突如ねえ何ですか、もう全然知らなくてねえ」

千春「いや、あのね。これこんなに沢山のハガキがねきててそして市川さん10年間どうもお疲れ様
でした。今日は市川さんの33回目の誕生日ですねってすごいんですよ。みんな知ってますね、
しっかりと。恥ずかしい事に俺知らなかった。」
市川「恥ずかしい」   千春「あーそう言われるとなんも言えないんだけどね
市川さんほんとにどうもすいません。お子さんが出てきてちはる〜、今度遊びに来て〜だっていきなり
言われちゃった俺、市川さん一番痛いとこつかれましたよ、どうしてTVに出ないんですか?だって。
ダメだよ、市川さんちゃんと説明しといてお子さんに。ね、信じられなかったりなんかして」          
市川「ありがとうございました」  千春「しかしなんかすごく不思議な縁ですね、今
丁度写真を撮ってもらっているねえ編成の吉村さん、ねえ初代のディレクターですよね。
どうしてディレクターやってた人が今写真ねえ、カメラ撮らなきゃなんないのかって
つくづく思うわけですがね。」

市川「千春、みんなが沢山いろんな人が来てくれて嬉しかったですね」
千春「ほんとに嬉しかったですね」
市川「すいません、最後の貴重な時間になんかね」
千春「とんでもない。やっぱりニッポン放送の前にねあんだけみんな集まってくれてね、素晴らしい
事ですよねえ、ほんと嬉しかったですね。市川さん思いでありますか?こうやって10年間ニッポン放送で・・」
市川「ありますよ。もういろんな人とね付き合い出来てね。しかもフォークソングがね、こんな立派
な音楽に成長したってね・・」
千春「市川さん大体ずっとフォークですよね」  市川「そうですね」
千春「フォークばっかり手掛けてきたわけですけどねフォーク音楽祭からもいろいろ出ましたね。」
市川「はい」  千春「俺もその一人なんですがね。どうもあの節は
お世話になりました。よくも落としてくれて。(笑)北海道大会寂しかったですね。」
市川「寂しかったですね」  千春「けど、俺あれなんでしょ。良かったでしょ?」
市川「いやもう千春の唄はね・・」  千春「態度が悪かったんでしょ」
市川「いや態度はともかく、歌も素晴らしかった。」  千春「いや、とんでもないですよ。
顔は良かったですよね」
市川「顔はもうねえ、妬み半分でしたねぐらいね」  千春「いい事言う、市川さん。」
市川「結構ねえ、審査員がほら現役の皆さんでしょ だからね、次出てくる者がね心配なんですよ、
やっぱし。多少ありますよ。」  千春「けど、あん時かまやつさんと・・さんでしたね
市川「そう。次の時代の足音が聞こえるって」  千春「(笑)ほんとに?ほんとに」
市川「そういうものを感じたかもしれないし」  千春「とんでもないですよ、しかし市川さん
10年間ほんとにご苦労様でした。」  市川「え、ありがとうございました。」
千春「これからどうですか?ラジオはもっともっと」  市川「ニッポン放送はますます・・」
千春「やった〜、世界のニッポン放送。ね、ほんとにやってみたいですね。世界のニッポン放送ってね」
市川「もう世界一の放送局に・・(笑)」  千春「あ、ほんとに?」  市川「え、正真正銘」

千春「どういうところがですか?」   市川「あの〜その別に具体的には・・」
千春「ハハハハ・・あ、そうか」   市川「ね、一応世界一の放送局には・・」
千春「もう聴取率もダントツですしね、やっぱりニッポン放送あってのあれですよね」
市川「いや聴取者の皆さんあってのニッポン放送です」
千春「さすがディレクター、そこまでもう考えててもらったりなんかしてね、しかし10年間
やってきていろんな事あったでしょ。」   市川「え、ええそうですね。」
千春「失敗したこともあったでしょ、いろいろ」   市川「失敗もたくさんありましたけどね」
千春「どんな事やってました?」   市川「いやもうオールナイトニッポンが入ってから
ずっとまあ7.8年やってるでしょ。フォークビレッジも7.8年やってるし、あのタムタムタイムとかあの
ミュージックインハイフォニックとか諸々全てを手掛けましたね。
ヤングヤングヤングっていう僕らが高校の頃に最も聴かれていた、前田武彦さんの番組があったん
ですけど、僕はね高校の時この番組が好きでね、ヤングヤングヤング、ところがその番組がね、
ニッポン放送に入って僕が担当するようになったんですよ。」
千春「あ、ほんとに?」  市川「これはね感慨無量でしたね。今はね、今の
世代の人が例えば入るでしょ。とねえオールナイトニッポンの番組やるっていうのがね
感慨無量なんですよ」   千春「あ〜そうなんですか〜」
市川「僕らの頃にはね大学3.4年の頃始まったからそれほどじゃないんだけれど、今これから
ニッポン放送に入ったり、千春もそうだと思うけどね、オールナイトニッポンで喋れんのかなあ
っていうのはね・・」  千春「確かにありましたね」
市川「不思議な気持ちがするでしょ」  千春「ええ」

市川「そういうものをね僕はヤングヤングヤングっていう番組に感じたりしまして、そういうので
とにかくまあささやかな事だけどね、ラジオ番組っていうのはね」
千春「とんでもない」   市川「だけど、我々高校生の頃は高校生ね、中学生
なら中学生、そういう時代に心に染み込んでくるのね。だからささやかなこんなマイク一つなんだけどさ、
非常におっきい事だってほんとに感じますよ」   千春「やっぱりラジオ好きでしょ、市川さんね」
市川「そうですね」   千春「俺もラジオ好きですねえ」
市川「そうですね、顔は写んないし」   千春「どういうどういう意味ですか、やっぱこの
マイク一本でさみんなと通じ合ってるっていうのは、すごい面白いのね。
市川「そうですね」   千春「最高だね、そんなカンジでこれからも俺も
ラジオで活躍していくんじゃないかなと思うんですがね」
市川「それが一番いいと思いますね。」   千春「今回ね、どういうどういう意味で
言ってるんですか」   市川「深い意味はない」
千春「あ、深い意味はないですね。けど市川さんほんとにお互いお疲れ様でしたですね。市川さん
どうすんですか?これから。やっぱ養豚の方(笑)」   市川「国へ帰って大地と共に生きます。」
千春「あ、いいなあ。そういう人いましたね昔、ニッポン放送に居て、でダメになって。ダメに
なってっていうか自ら降りて富良野の方に行ってシナリオライターかなんかやってる方がね。
倉本さんお元気ですか、ね倉本さんの後を慕って・」   市川「いやもう、倉本さんみたいにああいう風に
基礎があればいいですけど、僕はもうほんの拍子でニッポン放送に入ったもんだから、なんのあれも
ないので、とりあえず一般的な仕事について」   千春「そうですか、市川さんほんとにどうも
お疲れ様でした」   市川「ありがとうございました」
千春「さあ、来ました〜」   市川「今日は僕の知らない所で・・」
千春「いやいや今日俺ディレクターですもん、今日は俺がもう企画してどんどん・・」
市川「立場ないじゃないですか」   千春「夕日の祭りって1回言ってみて下さい」
市川「じゃあ夕日の祭り」   千春「いい響きですねえ」

♪夕日の祭り♪ 市川光興

市川さんはね小さな歴史なんて言ってたけどね、ほんとに自分にとって自分の人生っていうのは
ひとつの歴史みたいなものなのかもしれませんね。自分の歴史年表にひとつひとつ刻んで行くこの
楽しみ応えられないんじゃないかなと思いますけどね。市川さんはニッポン放送をお辞めに
なって、またひとつ新しい年表になんかを書き込む事になっていくわけでありますがね。
みんなもそんなカンジでね自分の歴史年表、そんなもの作ってみたらねとってもこれから
面白くなっていくんじゃないかな、自分の人生に面白さみたいなものもね
出来るんじゃないかと思いますけどね。 

〜鎌倉からのハガキ〜

市川さん、ヤバイじゃないですか鎌倉なんかに。奥さん聞いてます、こんなんですよ市川さんって。
どういう意味だ、家庭のもめごとが大きなもめごとになってたりしてね。

さて、3月27日はいよいよ甲子園の春の選抜高校野球の開会日ですね。開会式選手達が
ちゃんと歩けますように

なんてね、こんなふうに来てますけどね。実を言いますとね、まあ明日というかね、今日
行われるわけでありますがね、9時から開会式行われるわけでありますが、私なんと張りきって
この生放送が終りましてから、大阪へ飛んで行こう、ね松山千春スーパーマンじゃないか、そのぐらい
思われるぐらい張りきって行こうと思うわけでありますがね、だから大体そうですねこっちを
7時15分で行けば、9時にはなんとか間に合うんじゃないだろうか、ねそしてねラジオの方のゲスト
、おいゲストだぞお前。張りきって、あれは何ていう放送局でしたっけね、MBS。張りきって張りきって
行きますからね、昔お世話になったディレクターだったりなんかするわけでありますがね。

張りきってMBSの放送でね、喋るわけでありますがね、TVは多分無いでしょうねえ。
私の場合、なんかカメラが避けて通るんじゃないですか、辛かったりなんかしてね、まラジオの方でみんなの
お耳にかかるかもしれませんね。あれ、MBSって大阪でしょう。北海道はどこが入んのかねえ、
あ入るのかなねえ、わかんないですけどね。ま、ひょっとしたら声がみんなの町にも届くかも
しれませんけど、やはり興奮するんじゃないですかね。ねえ選手達が自分の曲で
こう出てきた。お〜来た来たぐらい思ってね、多分えらく興奮するんじゃないかな〜と思ったり
なんかするわけですがね、しかしあのやっぱり各県から各都道府県からね、いろいろ出てる訳
だからやっぱりみんな、御ひいきというか応援したいようなそんな高校あると思うんだけどね、
1回戦の決まって取り組み、取り組みだって相撲じゃないんだっちゅうの、もう千秋楽終ったんだって
いうのね、北の潮憎たらしい。なんかいろんな事言ったりなんかしてね、この際全部言っちゃおう
なんか思ったりなんかしてね。

え〜、まあ組合せ決まりましてね。そいで北海道は室蘭大谷高校、ね室蘭大谷は尼崎、尼崎北高校って
いうんですかと当たるわけでありますがね、2日目の第3試合だっけ?ね、その辺りで対戦する
わけでありますがね、やっぱりこういうラジオのまあDJなんてやってたら公平中立、ねそういう
わけでありますけど、この際郷土意識がもろ出るんじゃないだろうか、ねえいろんな事思ったり
なんかするわけでありますがね、室蘭勝て!とかね、いろいろ思うわけですがね。やっぱり
今日だけ勘弁してくれ、やっぱりお前北海道出身ならな、1回ぐらいか勝たしてやりたいべや。
ねえ、なんとかして室蘭大谷ねえ、今迄最高が北海高校の春の選抜は、そうですねえ
北海回高校が準優勝した事ありますよね。

北海高校昔は強かったんですよ。あ、ピッチャーね北海道ってそれほどね、いいピッチャー
北海道って足腰が鍛えられていい選手がどんどん出そうな気がするんですけどね、ヤクルトの
若松選手とかねえ中日谷木選手ですか、それとかニッポンハムの村井選手ですか、ああいうかんじで
ねしか出て来ない訳でありますが、もっともっとね野球選手出てきてもいいんじゃないかな、ま俺が
野球辞めた事が大きな原因になるのかな〜とか、色々自分本意に考えてみるわけでありますがね、
もうここ迄くればなんでもないってかんじで思うわけですがね、まあほんとに北海道室蘭大谷、
勝てとは言わない、ねえやっぱり兵庫県代表だから強いとこだしね、やっぱり地元っていうかんじでね
相当強いチームだろうと思う。

だからもうねえ、絶対勝てとかそういう事は言わない。ね、とにかく北海道ねえ北海道の野球
はこれだねえ、ほんとにもうねえ北海道の野球、雪で全然ねえ半年位使えない、グラウンドが
使えないけど俺達はここまで練習してきたねえ、ここまで頑張ったそんなものをね室蘭大谷の
みんなにね期待したりするわけでありますがね、ほんとに勝てとは言わない。勝てよ!
ねいろんな事を言ったりするわけでありますがね、ほんと1回戦勝って欲しいなあとか、最後は勝って
もらいたいとかいろんな事思うわけですがね、やっぱりみんなも今からね楽しみにしてるんじゃない
ねえ自分の高校例えば新聞にねえ、もう何々選手ピッチャーでは左腕No.1ぐらい書かれるとね、
「これ私の高校、私の高校」とか言ってねえらく入れこんだりなんかしてね、自分とは何の関係もない
のにね、そんなとこ郷土意識みたいのね、すごくあるんじゃないかなと思うわけでありますがね、
それじゃあ室蘭大谷のほんとに楽勝を祈ってね、多分負けると思うんだね、楽勝を祈りまして
ひとつこの曲聴いて下さい。季節の中で

♪季節の中で♪

まあ全国から集まった各チームやっぱりね自分達の郷土の代表としてね恥じないような、そんなね試合
をやってもらいたいなと思うわけでありますがね、室蘭大谷高校ね、やけにしつこかったりなんか
するわけですがね、いや〜足寄高校はダメだ。足寄高校は甲子園なんか出るとかそういう問題
じゃないもん、ねえ地区予選に出るかどうかって問題でねえ、いろいろ迷ってたりなんかするわけで
ありますがね、足寄高校久しぶりにねこの間学校に行きましてね、いわや先生っていう野球部の先生が
居てね、これは英語の先生俺が高校三年の時は英語を教えてくれたんだけどね、この先生えらい先生でね
俺に絶対英語の読みをあてなかった。俺が読み始めると時間かかるからな、なんか英語って嫌なんだよね。
なんか発音やなんか気にするべや、なそうするとこう「I am a boy」これだけのことなんだけど、
「あい、あい、あいせんせ、あいっていいのかねえ」先生が「いいんでないか」「あむだろうねえ、これ
やっぱりねえ」とか聞きながら読むからな、俺の場合時間かかるんだよな、あれ以来絶対俺に読みは
あてなかったもんな、あの先生ね。非常に可愛い先生なんだけどね、で、いわや先生がね
野球部の先生として、「松山、良かった。ねえ行進曲に選ばれてほんとにどうも良かった。ほんとにお前の
お陰でもうすっかり、甲子園に行くお膳立ては整った。あとは俺達が行くだけだ」とか言ってね、来るわけ
ないべ足寄高校が、信じられなかったりするわけでありますがね、まとにかくね足寄高校もいつかは
陽の目を見る時が来るんじゃないか、その為にもひとつ今から張りきって練習してもらいたいと
思うわけでありますがね。


‐後編へ続く‐


〜私の想い〜

春の選抜高校野球の入場行進曲に「季節の中で」が選ばれ、開会式を例年とはまた違った気持ち
で見ていた事思い出しました。この曲がどんなふうにアレンジされるんだろうとか、
選手達は颯爽と歩いてくれるだろうかとか今思えば、他愛も無い事を心配していたような気がします。